あのね、手をつなぎたいの

「あ、赤司くん……」
「ん?」

 手を繋いでもいい?って。
 二人きりで帰れる貴重な日だというのに、その言葉を口にする勇気を持っていなくて、逆に手を繋ぐことを断られたらどうしようってそんな不安ばかりが重くのしかかってくる。

「ううん。ごめんね、なんでもないや」
「そうか」

 穏やかな笑みを浮かべた赤司くんはそれ以上問うこともせずに再び前を向いて歩き出した。
 なかなか勇気が出せない自分に呆れて視線を地面に移すと、赤司くんの大きな手が目に入った。
 赤司くんとお付き合いすることになって1か月。私たちがまだ手を繋いだことすらないと知った黄瀬くんの計らいでこうやって二人で帰ることになった。今日まで赤司くんと両想いだって幸せが私を満たしてくれていたから、手を繋いだり、ましてやそれ以上の事なんて考えたこともなかった。でも、言われてみれば手を繋ぐくらいはしていてもおかしくないのかなって。

「さっきから緊張しているようだね」
「え……!!」
「先程からずっと心拍数が高いし、呼吸も浅い。……もしかして、緊張ではなく体調が優れないのかい?」
「へ……?」

 体調が悪い……わけじゃない。心臓がこんなにもバクバクしているのも、呼吸の方法を忘れてしまいそうになるのも、全部全部赤司くんと一緒にいるからなんだよ。

「っ……、く、あはは……!」
「……? なにかおかしなことを言ったかな?」

 訳が分からないと言いたげな赤司くんが困ったように私の顔を覗き込んだ。彼を困らせたいわけじゃないのにどうしてもくすくすと笑いが止まらないのだ。

「いきなりごめん。あのね、私赤司くんのことを勘違いしていたみたいで」
「勘違い?」
「うん。バスケをしている姿をずっと見てきたからかな……。赤司くんは全てのことがお見通しのすごい人だと思ってたの。もちろんすごい人なのは本当なんだけどね、あの赤司くんにもわからないことがあるって知ったらなんだか嬉しくなっちゃった」

 どうして今こんなに幸せなんだろう。自分でもすごく不思議。
 頭上にはてなマークを浮かべたままの赤司くんを見上げると、今まで心のどこかに残っていた緊張感が消えてしまっていることに気が付く。
 だから、今はただ純粋に赤司くんが大好きで、ちょっぴり可愛いなって思えるんだ。

「あのね。心拍数が高いのも、呼吸が浅いのも、赤司くんといるからだよ」
「俺と……いるから、か……」
「うん。赤司くんとじゃないとこんなにドキドキしないんだろうな、きっと」
「それなら、俺も一緒なのかもしれないね。ほら」
「え? あ……!」

 さっきからずっと繋ぎたくても繋げなかった指先が私の手首を掴み、彼の心臓へと引っ張った。

「赤司くんドキドキしてる……ね」
「ああ。キミが俺に触れたことでさらに上昇している」
「っ……!」
「どうやらキミも同じかな? また心拍数が上がって、体温まで上昇しているみたいだ」

 赤司くんがそんなことを真顔で言うもんだから、彼の顔を真っ直ぐ見ることができなくなってしまった。

「もう……! そういうことは言わなくていいの! むしろ言っちゃダメ!」
「ダメ……なのか? どうやら俺は恋愛には疎いらしい……」

 黄瀬にいろいろと教えてもらう必要があるみたいだ。そう真剣に呟く赤司くんはやっぱり可愛くて、この姿は私だけが知ってる秘密にしていたい。なんて欲張りだろうか。

「ね、赤司くん」
「ん?」
「手……、繋いで帰ってもいい?」
「ああ、もちろん」

 やっと言えた。たった一言だけど、私たちの距離はぐっと縮まったような気がする。
 ぎこちなく指を絡めてくれる赤司くんに心臓が痛いくらい跳ね上がった。
 誰かに教わらなくていい。その代り2人で一歩ずつ互いの距離を縮めていけたらいいなって、そんな願いを込めて赤司くんの掌を握り返した。

あのね、手をつなぎたいの

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