神様は私にも微笑んだ

 赤司様。もとい赤司征十郎くん。
 頭脳明晰、容姿端麗、運動神経抜群。常に紳士的で物腰のやわらかい言動。おまけに財閥の御曹司という折り紙付のお金持ち。
 同じクラスの私は彼のことを見るたびに、神様は実在していて赤司様は神様に愛された人なんだなぁと考えたりする。彼に足りないパーツなんてなくて、あれが人類の最も完成された姿……なんて考えすぎかな?

「さて、凡人の私は今日の課題を片付けるかな」

 参考書に並ぶ数列に目が眩みそう。問題を解くことを放棄した脳みそは「赤司様ならこんな問題数秒でクリアしちゃうよね」と余計なことを考え始める。
 そりゃ当然か。なんたって、神に愛された『赤司様』だし。

「ねえ。それ、宿題として出されていたかな?」
「え? あ、赤司様っ……?!」

 トン、と背後から突然肩を叩かれて身体が大きく揺れた。考え事をしていたせいで誰かの足音にまったく気が付かなかった。
 驚くあまり床に落としてしまったシャーペンを拾ってくれた赤司様は「驚かせてしまって済まない」と眉を八の字にして微笑んだ。手渡される際に微かに触れた指先が火傷しそうに熱い。

「ありがと……」
「どういたしまして。それで、君が今解いている問題は宿題になっていたっけ?」
「あ……これはね、私の自身の課題……っていうか。数学がすごく苦手だから少しでも問題に慣れたくて、参考書の問題を全部解くようにしてるんだ」

 赤司様相手に数学できません宣言とかどんな羞恥プレイだろう。恥ずかしさに火照る顔を隠すように目を伏せた。

「なるほど……。これは少し発展した内容の問題のようだね……」

 参考書を覗き込む赤司様は、人差し指で問題文をすっとなぞった。
 私の机に置かれた手のひらはやはり大きい。それに、最強と謳われるバスケ部の主将を務めるだけあって、程よく筋肉のついた腕は私の心臓を爆発させるには十分すぎるほど素敵だった。

「この問題、教科書56ページの公式をあてはめるといいと思うよ」
「え……? まったく違う範囲の公式なのに?」
「ああ。見ていてあげるから、やってみてごらん?」
「う、うん……」

 見上げた赤司様の瞳には、もうこの問題の答えが視えているらしい。
 教えてもらった公式のxとyの部分に問題の数字を当てはめていく。途中、シャーペンが止まりそうになると、赤司様が絶妙なヒントを出して導いてくれた。

「解けた……! 赤司様のおかげで解けたよ!」
「おめでとう。でも、僕は少しヒントを出しただけだ」
「ううん、赤司様に教えてもらわなかったら解けなかったもん。だから本当にありがとう。今度お礼をしなくっちゃだね」

 赤司様におめでとうと褒めてもらえたのがとても嬉しくて、本人の目の前で顔が緩んでしまった。

「お礼……か」
「……?」

 目を伏せて何か考えるように口元に手を当てた赤司様は、「なんでもいいの?」と私に尋ねる。

「私にできることなら……」
「そう。それなら、僕のことを『赤司様』と呼ぶのを止めて欲しいな。そう呼ばれると、なんだか遠い感じがしてしまうだろう?」
「え……?」
「ふふ、意味がわからない、と言った顔をしているね」

 赤司様の笑顔初めて見た……。
 あっけに取られる私を見つめ目を細める彼は、いつにもまして輝いていると感じたのは気のせいなんかじゃない。
 断りもなく、そっと頭に置かれた手のひらが顔の横をするりとすべり落ちた。

「君のことをもっと知りたい。これでわかってもらえる?」
「っ……!」
「わからないとは言わせない。だから、もっと僕のことで頭をいっぱいにして」

 それじゃあ、僕は部活に行くから。赤司様……いや赤司くんはそう言って教室を後にした。
 残された私は大きな深呼吸を一つ。
 参考書にはまだまだ問題がたくさんあるのに、そんなものこれっぽっちも考えられないくらい、私の頭の中は彼のことでいっぱいになってしまっていた。

神様は私にも微笑んだ

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