ヒロインを取り合う話

「そしたら、銀ちゃんが足滑らせて階段から転げ落ちたアル!」
「えぇ?! 銀さん怪我しなかったの?」
「銀ちゃんは丈夫だから、階段から落ちたくらいじゃ死なないアル」
「ふふっ。それもそうだね」

 神楽ちゃんは、私が切り盛りしている甘味処の常連さん。お客さんの数が少ない平日の昼間によくここへやってきては、私の話し相手をしてくれるのだ。
 今日も店の前に置いているベンチに座った神楽ちゃんと、和菓子を並べたショーケース越しに、話に華を咲かせていた。神楽ちゃんはお仕事の関係もあってか、かぶき町のいろんなことを知っている。どこどこの夫婦が離婚間際だ、なんて、年齢には不相応なネタまで知っているから、いつもいつも驚かされてしまう。

「今日はまだアイツは来てないアルか?」
「あいつ……? 沖田さんなら、まだ来てな――」
「よぉ。いつもの頼みまさァ」
「沖田さん! いらっしゃいませ!」

 噂をすればなんとやら。まだ来ていないよと言おうした瞬間、沖田さんがタイミングよくお店の前に現れた。

「なんだ、てめーも来てたのかよ。団子買う金がねぇガキは、お家で酢昆布食ってるのがお似合いですぜィ」
「うっさいアル。おめーこそ仕事中に何してんだよ。この税金ドロボーが」
「んだと、このチャイナ!」
「私と名前は女子トークで忙しいアル! 男はとっとと帰るヨロシ」
「はっ。ガキが一丁前に女気取ってんじゃねーよ。俺と名前はガキのお前には到底わからない大人トークするんでさァ。お前こそとっとと帰ればーかばーか」

 沖田さんに頼まれたお団子とお茶を用意するために、お店の奥の厨房に移動したのだが、外の二人の会話……というよりも罵り合いがここまで聞こえてくる。どうして2人があんなに仲が悪いのか不思議だ。ちなみに、沖田さんもうちの常連さんで、良いことではない気がするんだけど、よくお仕事の休憩と称してお店に立ち寄ってくれる。
 お盆の上に緑茶とみたらしだんご、そして大福を乗せると、私は暖簾をくぐって表へでた。

「お待たせしました。はい、これが沖田さんの緑茶とみたらしだんご。それと、こっちは神楽ちゃんに大福ね」
「え? 私、何も頼んでないアル」
「私からのサービスだよ。いつも話相手してもらってるから、そのお礼」

 パチンとウインクをして神楽ちゃんを見ると、彼女は綺麗な水色の瞳を潤ませながら私に思い切り抱きついてきた。神楽ちゃんは私より背が小さい。だから、自然と上目遣いでこちらを見上げるわけで、その姿はもう鼻血がでるんじゃないかと思うくらいに可愛い……んだけど、なにせ神楽ちゃんは夜兎族という戦闘部族らしく、その包容力ときたらもう……。私は、ブラックアウトしそうになるのを必死で堪える。

「か、神楽……ちゃ。苦しい、かも……」
「おい、チャイナ。名前を殺すつもりかよ」
「名前に抱きつけないから嫉妬アルか? ププッ、男の嫉妬は見苦しいアル」
「あーあー。これだからガキは困るんでさァ。俺がそのくらいで嫉妬するわけねーだろーが。つか、そんなんじゃ物足りねーし」

 俺だったら、と悪役のようにニヤリと笑った沖田さんは、神楽ちゃんが抱きついたままの私の顎を指先ですくい上げると、ゆっくりと顔を近づけてきた。

「え? ちょ、沖田さ……!!」

 これは一体どういう展開だとパニックを起こした私は、目をきつく閉じて、肩を縮こまらせた。

「ふざけんな、このサドやろぉぉぉ!」

 目を閉じた瞬間、神楽ちゃんの勇ましい声と、ドカっと痛そうな音。おそるおそる目を開くと、私の目の前では、神楽ちゃんと沖田さんが砂煙を巻き上げながら取っ組み合いの喧嘩をしていた。
 2人の喧嘩は今日が初めてじゃないし、圧倒的高次元のこの戦いに私が入り込む余地なんてない。そういえば、この前、2人の喧嘩は放っておけばいいと銀さんや土方さんに教えてもらった。

「本当は、放っておくべきなんだろうけど……」

 私は、ちらりとベンチの上にぽつんと残されたおだんごと大福を見た。このままじゃあ、せっかく用意したお菓子がダメになってしまう。だったら仕方ない…よね?

「こーらーッ!」
「「え?」」
「仕方ないから、沖田さんには大福、神楽ちゃんにはみたらしだんごをあげます。これで平等でしょ? だから、もう喧嘩は止めてください!」

 まったくもう、と溜息をついていると、神楽ちゃんも沖田さんも驚いたように身体の動きを止めていた。お菓子ぐらいでこんなに喧嘩しちゃうなんて、2人ともまだまだ子供なんだから。「そこで大人しく座って待ってて」と告げると、私はみたらしだんごと大福を取りに厨房へと戻った。


******


「あれ? 多串くんも名前のお店?」
「万事屋もか?」
「おう。あそこの団子はマジで美味いからな」
「同感だ」
「あ……!」
「ん?」
「あそこで喧嘩してるのって、うちの神楽とお宅の沖田くん?」
「あぁ? 何やってんだ、あの馬鹿2人組」
「神楽は名前大好きだから、名前を狙ってる沖田くんを無意識に警戒してんじゃねーの?」
「あぁ、なるほど……」
「そして、そこに颯爽と現れる大人でカッコイイ銀さん。神楽にはわりーが、名前は俺が貰う」
「はぁ?! 余計に話ややこしくしてんじゃねーよ、天パ!!」


Fin.

エカさんからのリクエストで、「神楽と沖田がヒロインを取り合う話」でした。
天然なヒロインとのリクエストもいただいたので、一応、2人が自分を巡って争っていることに気が付かないということにしたのですが、それってあまり天然じゃあないかも……。
そして、言われてもいないのに銀さんもヒロイン狙っている設定にしちゃいました。

エカさん、リクエスト、そして、応援をありがとうございました!

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