「鍵閉めオッケーっと…」

辺りもすっかり暗くなった頃、私一人で経営しているお店の裏口の戸締まりを確認すると、一日の疲れを足に感じながら自宅へと向かった。
自分の靴音だけが響く路地を歩きながら考えるのは、季節の新作団子と、今日は会わずにすんだあの男の人のこと。今まではなんとかはぐらかしてきたけど、そろそろ逃げられなくなってしまいそうな気がしてならない。

「やぁ、待ってたよ」
「げっ…」

お店から数十メートル離れた小さな公園を横切るのが家への近道で、いつも通りその公園に入ってしまったのが失敗だったのかもしれない。「“げっ…”なんて、酷いこと言うね」と、ヘラヘラと笑ったその人は、いつもと違って傘をさしていなかった。これはもうストーカーと認定していいのかもしれない。来た道を走って戻ろうとすると、まるで瞬間移動でも使ったかのように、いきなりあの男が私の前に立ちはだかった。

「ねぇ、俺のためだけに団子をつくりなよ」
「………」
「あり?なんか無視されちゃってる?」
「意味がわからない…」
「どうして?」
「だって、私はあなたの名前も知らない。それに、突然“俺のために団子を作れ”だなんておかしいじゃない!」
「ふーん。そういうもんなんだ。俺の名前は神威。君の作る団子が気に入ったから、俺と一緒に宇宙へ来て欲しいんだ」
「はぁ…?」

神威と名乗る男は、これで満足だろ?と得意げに笑った。
満足もくそもあるものか。宇宙に行くなんて初めて聞いたんですけど。悪い夢を見ているのだと思いたいけれど、人差し指と親指でつまんだ頬はピリリと痛くて、これは現実だと思い知らされる。
ひたすらうなだれる私をキョトンと見つめる神威が何だか憎らしくて、キッと睨みつけると、彼は突然興味深そうに私をマジマジと見つめた。

「な、なによ…?」
「女のくせに俺を睨みつけるなんて、たいした度胸だね。ますます気に入ったよ、君のこと。で?来るの?来ないの?」
「あなた馬鹿じゃないの?!そんな冗談みたいな話、信じられるわけないじゃないっ…!」
「そう。それじゃあ、仕方ないね」
「えっ…、うわ…!」

突然身体が後ろに倒れそうになったのを、誰かが頭と腰に手をまわして支えてくれている。そして、頭上に浮かんでいるはずの丸い月が視界の隅に映った。それ以外に私の視界の大部分を占めるのは、目を閉じている神威の顔で、予期せぬ息苦しさと、その顔の近さから、多分…、いや、絶対にコイツに唇を奪われているのだと確信した。
早く離れなくっちゃ。そう思い、持っていた鞄を地面に放って、神威の身体を押し返そうとしたのだけれど、ピタリと重なった彼の身体は、1ミリたりとも動く気配がなかった。

「っ…、んぅ…」

逃げようとする度、無理やり重ねられた唇がより深く交わっていく。しかも、覆いかぶさるように塞がれた唇では、気休め程度の息継ぎしかできなかった。酸素が足りないからなのか、それとも、悔しいけど彼とのキスに酔ってしまったからなのかわからないけど、とにかく頭がクラクラして、自分を中心に世界が回っているような感覚がする。
はい、終わり。そんな、今の雰囲気にはふさわしくない明るい声がすると、ようやく唇が離された。唇と共に、私を支えていた腕も離されたらしく、支えを失った私は地面の上にへなへなと座り込んだ。

「ありゃりゃ、君、大丈夫?」

私を立ち上がらせようとしてくれているのか、神威は大きな手を私に向かって差し延べた。大丈夫って、そもそもこうなったのはアンタのせいなのに。そう思った私は、彼の手を無視して、膝に付いた土を払いながら自分の力で立ち上がった。

「ど…、どうして、いきなりキス…するのよ…。最低…」
「んー?今のは、俺が君に本気になった証。どうしても君を俺のモノにしたくなったんだ」
「私はモノなんかじゃ…っんくぅ…!」

二度目の口づけはただ触れるだけの軽いもの。ポカンと惚ける私の頬をサラリと撫でた時の彼は、何かを企んでいるのか、至極楽しげに笑っていた。

「本当は無理矢理にでも君を船に連れていくつもりだったけど、やっぱりやめた。君が俺の元に来たいと思うようになるまで、待っててあげるよ」
「そんなの一生待ったって無理だと思います」
「いつまでその強気な態度が続くかな?」
「私、絶対にアンタの言いなりになんかならないんだから!」
「はいはい、せいぜい俺に惚れないよう頑張ってネ」
「っ…。帰るっ…!!」

地面に転がっていた鞄を乱雑に拾い上げると、私は早足で歩きだした。「夜道は気をつけたほうがいいよー」なんて間抜けな声が背後からしたけど、気をつけるべきはアンタしかいないと思う。
もうお店にはこないでよね、なんて最後に言ってやろうと思ったけれど、私が作ったお団子を誰よりも美味しそうに食べてくれるのは他でもない神威だから、喉まで出かかっていたその言葉を飲み下して、「明日…お団子作って待ってるから」と、彼にギリギリ聞こえるくらいの小さな声で言ってあげた。

碧眼に逃げ惑う

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