無意識のゼロセンチ

「明日は全国、か…」

ふぅ、と小さな溜息を誰も居ない部室に零した。全国大会常連の剣道部マネージャーである私にとって、明日は3回目の全国大会、そして最後の部活である。今は明日の朝早い集合に備え、一人残って準備を整えていた。
あいつのせいで半ば無理矢理剣道部のマネージャーを任せられたけど、3年間こうやって部活に関わっていると、やはり終わってしまうのが名残惜しく感じる。いやいや、まだ終わってないのだから、今は仕事に専念しなければ。そう思って、頬をペチペチ叩きながら自分に喝をいれると、突然、部室のドアが大きな音を立てて開いた。

「あれ、まだ帰ってなかったんだ」
「あぁ…、いや。帰ろうと思ったら、電気がついてたんでねィ。一応確認しにきたんでさァ」

私を剣道部に引っ張り込んだ張本人である総悟は、すでに胴着と袴から制服に着替えていた。おそらく本当に帰るつもりだったのだろう。しかし、彼は「マネージャーも大変だ」なんて呟くと、近くにあった椅子に腰かけた。あまりにも静かで、居心地が悪い。私は何の意図もなく総悟に質問の言葉を投げかけた。

「あのさ、明日の大会…楽しみ?」
「俺はガキじゃねーからな。ワクワクなんてしてねーよ」
「ふふ、総悟は素直じゃないね」
「うるせー。それより、名前はどうなんでィ?」
「私?もちろん楽しみ。皆の勇姿が見れるもん」
「へぇ…、なぁ、名前」

私達の会話しか音が無かった部室に、総悟が座っていたパイプ椅子が倒れる音が響いた。突然名前を呼ばれ、そちらを振り返るよりも早く、総悟が私の腕を引っ張って、身体ごと私を抱き寄せた。「どうしたの」と聞くことも許されない程、きつく、きつく腕の中に閉じ込められて、私を離してくれる気配はまったくない。彼の肩に額を当てるような体勢では、私の心音も総悟の心音もごちゃごちゃになって、このままだと上手く息ができなくなってしまうような気がした。

「実は緊張してる…」
「え…?」
「って、言ったら?」

まるで私を試すように総悟が低い掠れた声で呟いた。私はただ、「いいんじゃない?」とだけ彼に言葉を返す。総悟の身体がピクリと何かに反応したように跳ね上がって、「総悟もたまには素直になった方がいいよ」と言葉を付け足すと、それに対する返事は無かったものの、彼の腕により力がこもった。私に必死に縋り付くような仕種に、やっぱり総悟も私と同い年なんだなと、改めて実感した。高校生だって、男の子だって、たまには誰かに甘えていいはずだ。私は手を伸ばして総悟の頭のてっぺんをそっと撫でた。

「ばーか、調子に乗ってんじゃねーよ」
「はぁッ?!」

ニヤリと意地悪そうな笑み。今までの雰囲気をぶち壊す総悟の言動に、私は思いっきり目を見開いた。

「うーわ、酷い…。ちょっとでも優しくしてあげようと思った私が馬鹿だったかも…」
「感謝してるんでさァ、これでも…」
「え…?」
「あー…、ほら、とっととソレ終わらせなせィ。こんな遅く、お前を残して帰れるわけねェじゃねーか」
「う、うん……」

何かをごまかすように「仕方ねーから手伝ってやる」と私に並んで作業を始めた総悟に「ありがとう」と呟くと、ペチリとおでこにデコピンされてしまった。やはり総悟は素直じゃないと、口元が緩んでしまうのを隠しつつ、2人で無言のまま、明日の準備をすすめた。


無意識のゼロセンチ
その小さな背中が無性に恋しかった

Title by:確かに恋だった

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