誰にでもスキだらけ

「名前ー!!!」
「うわぁっ…!」

一週間の始まりである月曜日。まだ重たい瞼を擦りながら、たまにすれ違う友達に「おはよー」と言って廊下を歩いていると、背後から大きな声で自分の名前が叫ばれた。
例え振り返らなくてもこの声の主が誰かなんてわかってしまうのだが、自分の名前が呼ばれれば誰でも反射的に振り返ってしまうもの。例によって私も振り返ろうとしたのだけれど、それよりも先に、私の身体は背後から彼によって拘束されてしまったのだ。

「辰馬ぁっ……!」

ちょっぴり声を荒げて私にピタリとくっつく幼なじみの名を呼んだ。どうやら、怒った私に名前を呼ばれても、その手を離すつもりはないらしい。

「名前ー!おまんに会えなくて死ぬところじゃったー!!」
「もうっ!日曜に会ってないだけでしょ?!それより、はーなーしーてッ!」

身を左右に捩って脱出を試みるも、「イヤじゃ」の一点張りの辰馬は、その腕により力をこめて身体を引き寄せると、私の頭の上に自分の顎をのせた。以前に聞いたのだが、私と彼の身長差だとこれがベストポジションらしい。

「みんな、それが好きだよね」
「んー?何がじゃ?」
「そうやって、私の頭に顎をのせる体勢のこと。この前、銀時にもやられたの」
「高杉もか…?」
「いや、晋助は違う…。身長の関係で…ね。でも、同じように、私を捕まえようとするかも」

辰馬と銀時は、なんとなく抱き着くパターンが似ていると思う。どこでも誰の前でも抱き着いたりして、悪戯っぽいというか、可愛いげがあるのだ。晋助には誰もいない教室に引きずり込まれたり、いきなり正面から抱き寄せられたりと、むしろ身の危険を感じてしまう。

「んー…」
「あれ?辰馬どうかした?」
「名前が身体を許すのは、わしだけじゃ無かったのか…」
「いや、許した覚えはないんですけど」

パッと腕を離されて、私は辰馬へ振り返った。彼は珍しく神妙な顔付きで、私のことなど忘れてしまったみたいに、目を伏せながら何か考え事をしていた。

「名前はもっと警戒心を持つべきじゃ!あ〜、じゃがスキが無いとわしも抱き着けん…、」
「おっ!名前はっけーん!!」
「きゃあっ…!」

私の小さな叫びで我に帰った辰馬の視線は、私の少し上、つまり次に背後から抱き着いてきた主に向けられた。

「おいおい…。朝から名前とイチャイチャしちゃって、ずるいでしょーが。銀さんにも触らせなさい」
「あぁ、もう、銀時までっ!」
「イチャイチャなんてしとらん。名前の充電じゃ!邪魔するな、金時ぃ」
「あぁ?金時って誰だ、コノヤロー。俺だって充電しちゃうもんねー。俺のエネルギー源は糖分と名前だから」

ぎゃあぎゃあと私のちょっと上空で繰り広げられる口喧嘩はうるさいことこの上ない。背の高い2人に挟まれてげんなりする私に、廊下を歩く人達が憐れみの視線を寄越していた。
ちらりと腕時計を見たら、授業開始まであと10分。1限の数学の宿題をやらなきゃいけないのに、これじゃあ、間に合わないじゃないか。

「2人ともうるさいっ!!これから先、背後から抱き着くの禁止!!あぁ、もう。数学で答え書くよう先生に指されたらどうしてくれるわけ?」
「禁止…じゃと…?名前〜、わしゃあ、もう生きていけん…」
「いやいや!それはダメだろ。銀さん死んじゃうよ?」
「よし、逝け。二度と戻ってくんな。安心しろ、名前は俺が幸せにする」
「え…?ちょ、ひゃあっ…!」

会話に割り込んできた第三の男に腕を引かれて、そのまま、彼の腕の中に閉じ込められた。頭をガシリと抱き留められて、ちょっぴり痛い。彼は勝ち誇ったような声で、「背後は駄目でも正面ならいいんだろ?」なんて、モジャモジャ2人に言い放った。

「晋助っ…!」

次から次へと面倒臭い人が私の元へやってきて、どうやら今日は運勢が最悪の日なのかもしれない。私はバシバシと晋助の胸板を叩いて早く解放するよう抗議すると、「放課後俺とデートするなら」なんて条件つきで私を解放した。

「ほら、教室行くぞ、名前」
「う、うん…」

ぐいっと晋助に右手を引かれて、私は残った左手でとっさに辰馬の手を掴んだ。どうして辰馬かというと、彼があまりにもションボリとしていたから。きっとこれは、雨に濡れた子犬原理。だから、どうにも放っておくことができなかった。

「たまにだったら…、」
「お…?」
「たまーにだったら、許してあげる…、かもしれない」
「おおっ!じゃったら、一日に一回でしばらくの間は我慢じゃ」
「いや…、それはたまにじゃないから…」
「だったら、俺は糖分を我慢するから、名前は我慢しなくてもOK?」
「あぁ、もう!ばかっ!!」


誰にでもスキだらけ
わしだけにスキを見せてくれんかのぉ

Title by:確かに恋だった

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