伝えること

「今日のはさすがに痛かったかも…」

夜の12時を過ぎた屯所内の自室には私の声だけが響いていた。エタノールで消毒し直した左腕の刀傷に片手で包帯を巻いていると、嫌でも斬られた瞬間を思い出し、苦痛で顔が歪んでしまう。腕で済んだだけでも良しとしなければ、そう思うよう自分に言い聞かせていると、何の前触れもなく部屋の障子が無遠慮に開かれた。

「総悟……?!」

ビクンと跳ね上がった心臓を押さえながら総悟を見上げた。入ってくるなら一言声を掛けてよ、そう言おうと口を開いたのだが、無言かつ無表情を貫く総悟は巻きかけの包帯がある私の左手を強引に掴んでこちらを睨みつけた。彼の瞳の鋭さに言いかけた言葉を飲み下すと、その代わりに、どうしたの?と質問を投げかけた。

「怪我…、どうして言わねェんだよ?」
「それ…は……」

私は躊躇うように口を噤んだ。たいした傷でもなかったから、誰かに…特に総悟には心配をかけたくなかったのだ。加えて、一番隊隊長である総悟や副長である土方さんは、今回の私以上の傷を常にその隊服の下に隠しているのだから、これくらいで怪我人扱いされたくないというプライドがある。そのことを、ぽつりぽつりと説明していくと、唇を一文字に噛み締めた総悟は、本当は私に向けたかったであろう憤りを畳にぶつけた。屯所全体が揺れたのかと錯覚してしまうほど大きな音に目を見開いた私は、息を呑んでただただ総悟を見つめた。

「名前にとって俺はそんなに頼りねェのかよ…?」
「そう…ご…」
「ふざけんじゃねェよ……」

闇夜に吸い込まれてしまいそうなほど小さな総悟の声に、胸が苦しくて彼の顔を直視することが躊躇われてしまう。力無く畳に置かれていた彼の大きな手は怒りを捨て、慈しむように包帯の上から傷口を包み込んだ。驚かせちまったよな、と眉を八の字に歪めた総悟は自嘲混じりの困った笑顔で私と視線を絡ませた。

「頼むから独りで我慢しねェでくれよ…。俺が辛くなっちまうじゃねーか…」
「総悟が…辛い…?」
「名前が独りで苦しむことも、それを救ってやれないことも。全部、全部、辛いんでさァ…」

わしゃわしゃと頭を撫でていた手が、今度は私の身体を抱き寄せた。私は総悟の胸板に顔を埋めながら、ごめんなさいと呟いた。
今まで苦しみや痛みを隠すことが総悟の為だと思っていた。総悟に心配を掛けたくない一心だったのだ。けれど、そうすることで総悟をより苦しめてしまっていたなんて夢にも思わなかった。溢れる気持ちはたくさんあるのに、唇から零れたのは再び謝罪の言葉だった。何度伝えようと足りないと感じてしまうこの言葉を今度は顔を上げて伝えようとすると、最初の一文字を声にした途端、残りの言葉は全て重なった総悟の唇に飲み込まれてしまった。もういい、と言いたげに柔らかく微笑んだ彼は首を左右に振った。

「もう独りで我慢なんてさせねェから覚悟しろィ?」
「う、ん……」

ニヤリと私を見た総悟の心の中にある優しさを身体全体で感じられたような気がした。私は涙が溢れるせいで震えてしまう声で、今度は謝罪じゃない感謝の言葉を伝えると、痛みに疼く左手を総悟の背中に回して、一言「痛いよ」と呟いた。

伝えること
苦しみだけじゃなくて、喜びも貴方に伝えたいと思うの。

Fin.

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