晋助に言われた通りの仕事を終えた私は、裏口から料亭を後にした。全身に浴びた返り血を隠すように羽織を纏い、足早に来た道を戻っていく。ぐずぐずしていると、真選組がやって来てしまうかもしれないのだ。
私も万斉のようにバイクに乗れるよう練習しようか、なんて考えていると、突然、背後から驚きと若干の戸惑いを含んだ声色で名前を呼ばれた。心臓を握られたような衝動に、息をすることを忘れ、ただただその場に立ち尽くす。嘘でしょ。そう疑いたいが、いくら時間が経とうと忘れるはずのない声が、確かに私の名を呼んだのだ。期待と恐怖が頭のなかでごちゃごちゃに混ざり合っている。恐る恐る振り向くと、ずっと記憶の中にだけ居たあの人が確かにそこに居た。

「銀……ちゃん…」

何も言葉を交わさずとも、目が合った瞬間に互いに歩み寄り、きつく、きつく抱きしめ合っていた。着流しにズボンにブーツなんて、なんだかよくわからない恰好をしているけれど、銀ちゃんの胸の温かさも、私を安心させるこの香りも、何も変わっていない。

「お前…生きてたんだな…」

銀ちゃんは、よかった、と言葉を付け足して、噛み締めるように言った。それと同時に、私を抱きしめる腕により力がこもった。

「銀ちゃんこそ…。戦に出たっきり帰って来ないから、死んじゃったのかと思ってた…」
「あぁ…、わりぃ…」
「もう……」

腕を解いて顔を合わせると、自然と笑みが零れた。もういい大人になったというのに、その笑い方は昔のそれと同じだった。それがさらに私を安心させてくれる。
しかし、何故ここに居るのか、という銀ちゃんからの質問に、私は戸惑いながら俯いた。なんと答えればいいのだろうか。本当のことを言おうとするたび、真実を伝えた時の彼の表情が脳内に浮かんで、私の口を閉ざしてしまう。

「言えないこと…なのか?」

怯えるような声がもう一度私に質問をした。それにすら答えられない私は、腰の刀を握りながら一言、ごめんね、と呟いた。銀ちゃんは昔から勘が鋭いから、それだけで私が隠していることの大部分を理解したのだろう。彼は私を無理やり自分の胸の中に閉じ込めると、苦しそうに震える吐息を私の耳元に落とした。

「名前…、2人で静かに暮らさねーか…?」
「ッ……!」
「これ以上、お前を暗闇ン中に独りにしておくわけにはいかねェんだよ…」

ドクン、と心臓が音を立てた。過去の約束を覚えてくれていたことに対する喜びが確かに心の中にあった。もっと早く…、離れ離れになる前だったら、迷うことなく彼の身体をきつく抱きしめ返していただろう。そう考えながらも、その意識とは反対に、私は銀ちゃんの身体を押し返した。どうして、と理由を問うような悲しい視線がこちらに向けられた。

「銀ちゃん…私…ね…、」
「名前」
「え……?」

途切れ途切れに、すぐには決断できない理由を話そうとすると、暗い路地裏に無遠慮なバイクの音が響き、目が眩むほどの光が私と銀ちゃんを照らし出した。目を細めながら光源を見遣ると、それは見慣れたバイクであり、もちろん、その乗り手は私の知っている顔だった。

「万斉……!」
「こんな所で何をしているでござるか?仕事を済ませたら直ぐに帰還しろと晋助に言われたのを忘れたか?」
「それは…、」
「真選組がそこまで来ているでござる。名前、後ろに」

そう言って自分の背後を親指で指し示す。
万斉の言った「晋助」と言う単語に、隣の銀ちゃんは息を飲んで目を見開いた。たぶん彼は私のことを、たとえ攘夷志士だとしても、ヅラのような穏健派だと想像していたのだろう。それに、バイクの明かりのせいで、着物を紅く彩る隠しきれない返り血も見つかってしまったに違いない。どうしようもない脱力感が私に襲いかかった。背筋がゾクゾクして、どうにも息がし難い。きっと、私は銀ちゃんの心を傷付けてしまったのだ。

「ごめんね、銀ちゃん…」
「オイ…!名前、行くんじゃねェッ…!!」

悲痛を滲ませた叫びを背後に、私は大粒の涙を頬に伝わせながら、バイクに跨がった。顔を隠すように目の前の背中に額を押し付けると、行くでござるよ?と万斉の声の振動を直接感じられた。
ずっと、ずっと。一日たりとも忘れずに想い続けた大好きな人。けれど、今さら鬼兵隊を裏切ることはできないの。それに、こんな私を見て失望したでしょ?
早く行って。震える声で万斉に告げると、大きな音と共にバイクが動き出した。
銀ちゃん。ごめんね、さよなら。私を愛してくれてありがとう。止まらない涙を袖口で拭っていると、耳元で鳴る風の音の中に、必ずお前を助けると、あの人の声が聞こえたような気がした。


邂逅メランコリック
出逢わなければ、幸せだったでしょうか


Fin.
2周年記念リクエストの1つ目は、ランさんからいただいた「攘夷戦争に離れた坂田との再開」でした。実際はもっと詳しくシチュエーションを書いて下さっていたので、このリクエストに応えたいと強く思いました。ただ、どのようなラストを迎えたいのかの記載だけが無かったので、私が好きなラストにさせていただきました。ご期待に添えていなかったら申し訳ありません。その際は、もっとハッピーエンドな小説を書きますので、お気軽におっしゃって下さいね。

ランさん、リクエストをありがとうございました!


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