ざあざあと雨が降っていた。昼までは空もどうにか持ちこたえていたのに、山崎が帰宅しようと下駄箱に移動した頃には傘なしでは帰ることが出来ないほどに降り出していたのだ。
確か今朝の予報では、今日の降水確率は五十パーセントだと言っていたはずだ。目の前の天気がその確立に見合っているのか否か、あいにく山崎には分からなかったが、ひとつだけ胸を張って言えることがあった。面倒くさがらずに傘を持ってきていて良かったということである。春先の雨はまだ冷たい。無防備に濡れて帰ると、きっと風邪をひいてしまうだろう。
 下足に履き替えた山崎が肩に鞄を掛け、片手に傘を携えて軒先に立つ。肌に触れる空気からは強い湿気が感じられた。溜め息をひとつ吐いてから傘を広げ、いざ足を進めようとした、瞬間。山崎の視界の隅に見慣れた人物の姿が映り、思わずその動作をとめた。
「――土方先輩」
 声をかけられた男は視線を山崎に寄越し、ただ「ああ、お前か」とだけ反応を示した。どうやら玄関の柱に寄り掛かって、携帯電話を弄っていたようだ。土方はその小型の機械を閉じて、傘を差したまま立ち尽くしている男の元へと歩み寄る。山崎は、土方が目の前に辿り着いた頃にようやくハッとした様子で問いかけた。
「何してたんですか? お友達でも待ってたとか?」
「……大体そんな感じ。傘持ってくんの忘れたから、誰か知り合いが通りかからねェかなと思って待ち伏せてた」
 土方は己の調子を崩さぬまま淡々と述べる。そして、いとも簡単に山崎の傘を奪ってしまうと、二人の身を雨から守るように差し直した。あまりにも当然のようにこなすので、山崎から何か行動を起こす隙もなかった。完全に土方のペースに乗せられてしまっている。
「えーっと、つまり……」
「家まで入れていけ。どうせ俺の家の前通るだろ」
「……はいよ」
 もはや山崎に拒否権などなかった。いや、反論はしようと思えば幾らでも出来るのだが、なにぶん本人には抗おうという気がないのである。それどころか土方に悟られぬようにと少しだけ顔を伏せて、男は頬を緩めた。胸の奥に込み上げてくる感情を無視して無表情を突き通すなど出来なかったのだ。するとその隙に土方が歩き始めたので、不意を突かれた山崎は雨に濡れないようにと慌てて足を踏み出した。



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