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 沖田が利き手の指でシャーペンを回す。しかし本人は決して得意げになる訳でもなく、机の上に頬杖をつきながら、くるくると踊るそれを退屈そうに眺めていた。

「……暇でィ」
「何が暇なんですか。ちゃんと勉強しましょうよ」

 向かいに座る山崎は、自らの手元から視線を離さずに文字を綴り続ける。その手は時折とまって思案の間を与え、そうして己の脳が解を弾き出すと再び走り出すのだ。



 二人が居るのは沖田の家、詳細に言えば沖田の自室である。数学の授業時間に課題を出され、それを共に片付けようという話が持ち出されたのは、5限目の体育の時間が終わった頃だ。

 並んでいたのが些か厄介な問題ばかりに見えたので、山崎は仲の良い沖田を誘う事にした。二つ返事で了承した沖田が勉強場所にと提案したのが、この場所だった。
山崎が過去に沖田の家に訪れた事はないし、宿題など放課後の教室で済ませれば充分であると思っていたのだが、折角の誘いを無下にするのも少々忍びない。

 それに加えて、正直に言えば嬉しかったのだ。沖田はさして好きでもない、あまり仲の良くない人間を易々と自分のテリトリーの中に招き入れる男ではないからである。まるで沖田も自分を特別な人物として見ていてくれているようで嬉しかった。近藤や土方のように、自分の事も。




「分からないところがあるなら見てあげますよ」

 いつまでも課題に取りかからない沖田を気に掛け、山崎が自らの手をとめてノートを覗き込んだ。やはりそこは真っ白で、問題が解けないと言うよりは、問題を解く気がないのではないかとすら思わせる。

 眼(まなこ)を持ち上げ沖田の顔を窺ってはみたが、彼は相変わらずペンに視線を注ぎ、その瞳には一向にやる気というものが見られない。普段通りの覇気のない眼差しだ。

 山崎は悩んだ末に至った結論に溜め息をひとつこぼし、手中に収めていたペンをテーブルに置く。沖田と同じように片腕は頬杖をつき、目の前の人物へ双眸を向けた。

「……俺と居るのは楽しくないですか?」

 ぼそりと漏れた山崎の言葉に、それまで器用にペンを操っていた沖田の手がぴたりととまる。視線の先がようやく山崎に辿り着き、頬杖を解いた左手が伸びてきたかと思うと、指先がパチンと山崎の額を弾いた。

「誰が一緒に居てつまんねェ男を部屋に上げるんでィ」

 それはやはり山崎の想像の範疇の答えであった。しかし、ならば何故沖田は黙っていたのだろうか。山崎が素直に疑問を投げると、沖田は僅かに考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開く。

「要は口実に過ぎねェって事だ」
「……? スンマセン、もう少し分かり易く」
「課題がどうのこうのってやつ。お前はどうか知りゃしねェが、俺ァこの程度なら一人でやった方が早く片付くんだよ」

 沖田が告げつつノートを叩くと、山崎は首を傾ける。やはり自分が邪魔であるのだろうかと思案してはみたものの、それは先ほど沖田本人によって否定されてしまったが故に、いよいよ言葉の深意が分からなくなった。

 ――いや、改めて考えてみれば、明確に否定された訳ではない。ただ自分が良いように解釈してしまっただけなのかもしれない、と山崎は沈思黙考した。

 沖田はそれを意に介さず、先程までの怠慢が嘘であるかのようにノートにサラサラと数式を綴っていく。己の言葉が事実であるのだという証明だ。一問解いたところで早々に手をとめて、再度山崎の方へと視線を寄越すと、普段に比べてほんの僅かに真面目な顔で述べるのだった。

「勉強なんざ、お前と二人になるための口実なんでィ」
「…………」
「……黙んなよオイ」

 ようやく気の抜けたような笑みを浮かべた山崎を見て、沖田の表情も自然と和らぐ。機嫌も上々に課題の消化に戻る山崎が全ての問題を解き終えるまで、沖田は邪魔をする事もなく、ただ黙ってその姿を見守っていた。



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18歳のお誕生日を迎える沙希さん(希塩酸)に捧げます。当日にお祝いできなくてごめんなさい><いつもサイト共々お世話になっております。これからも是非山崎スキーな同士として仲良くしてやってください(^^*)(20110921)