※3Z




 夏休みが始まって一週間が経った日の事だ。休暇が始まったらあれをしよう、これをしよう、とあれほど楽しみにしていたというのに、たったの7日でほとんどの事はやり尽くしてしまった。

 元々流行りのドラマやバラエティ番組を熱心に見る方ではないので、再放送の多い昼間のテレビには飽きてしまったし、これと言って暇を潰せる趣味を持っているわけでもない。課題はまだまだ残っているのだが、やる気が起きないので放っておく事にする。毎日その日のノルマさえこなせば問題はないだろう。

「……暇だ」

 両親は仕事で出払った。俺には兄弟もいなければ、ペットすら飼っていない。仕方なしにリビングのフローリングに四肢を投げ出して白い天井を仰ぎ見るが、シミの一つも見えやしない。

 こうなると、休日には何をしていただろうか、と考える事さえ無駄に思えてくる。何故なら普段の大半を過ごしている学校そのものが休みなのだ。暇であるのも当然と言えば当然なのかもしれない。

 全ての関心を放棄していっそ眠ってしまおうかと瞼を下ろしたその時、ふと携帯電話に光が灯り、メールの着信を知らせる音楽が鳴る。個別指定の白いライトは、クラスメイトである山崎のそれだ。



 From:山崎退
 To:土方十四郎
 Sub:無題
 ――――――――――
 今日、暇ですか?
 海にでも行きません?



 海とはまた唐突な、と一度は双眸を細めたが、家で一人じっとしているよりはずっとマシなはずだ。すぐさま了承の返信を終えると、寝癖のついた後頭部を掻きながら体を起こす。そうと決まれば早いところ支度をしなくては。




 支度とは言っても、恐らく必要なのは水着と携帯電話、それから財布くらいだろう。
 着替えを済ませて荷物を手に玄関を出ると、それを自転車のカゴに放ってペダルを踏み込む。目的地は山崎の家の最寄り駅だった。




「土方さん、こっちです!」

 自転車を駅の駐輪場にとめ、券売機では3番目に高い切符を買った。通学で電車に乗る時はいつも定期を使うので、切符を購入するのは久々の事だ。欲を言えば定期の範囲分だけでも運賃が安くなるのなら嬉しかったが、あいにく海と学校は真逆の方向なので仕方がない。

「すみません、わざわざ駅まで来てもらっちまって」
「構わねェよ。それにこっちの方が海には近いだろ」

 山崎は申し訳なさそうに告げる半面、どこか嬉しそうに白い歯をこぼす。電車に揺られている間はずっとそうしているもんだから、こちらにまで笑みが移ってしまいそうだった。いや、もしかしたら実際に移っていたかもしれない。そうだとしたら少しばかり恥ずかしいものだ。




「さすがに暑いですねえ」

 目的の駅に到着したのは時計の針が13時を示す頃。強い日射しに片目を眇(すが)める山崎を引き連れて無料開放の更衣室に向かうと、各々個室で水着への着替えにかかる。
 とは言え周囲はなかなか混雑していたので、先に空いた一室に山崎を促し、俺は後から空いた部屋に入った。なのでしばらくの間、山崎を待たせる事となってしまったのだ。

「山崎、遅くなって悪い」

 更衣室に入る前に決めていた待ち合わせ場所であるベンチに駆け付けると、そこに座して懸命に浮き輪を膨らませる山崎の姿は容易に見付けられた。後ろ姿に声をかけると、すぐに空気を入れる動作をとめて顔を振り返らせる。

「俺も色々やってましたし、あんまり待ってないんで大丈夫ですよ」
「……なんだ、その格好」
「え? だってせっかくの海じゃないですか」
「随分と気合い入ってんな」
「もちろん!」

 鮮やかな黄緑色の水着を纏った山崎の口元には黄色のシュノーケル、額に同色のゴーグル、そして青色と水色で交互に色付けされた浮き輪が半端に膨らませられたまま握られていた。

「空気入れ使えよ、ここなら貸し出しくらいやってんだろ」
「もう少しなんで平気です」

 相も変わらず上機嫌に笑みを浮かべてみせた山崎が浮き輪に空気を与える度に、その顔にはだんだんと赤みが増していく。
 ――大人しく道具を使えば良いのに。そう思うのと同時に、山崎の懸命な姿に相好は自然と崩れた。

「よし、できた!」

 それからしばらく経ち、どうにか浮き輪を膨らませ終えた山崎が達成感に口元を緩めつつ、それを目の前に掲げてみせる。触れてみると少し空気が足りないように思えたが、水を差すのも何なので黙っておく事にしよう。

 その代わりに、頑張ったな、と頭を撫でてやるとにこやかな表情の山崎は立ち上がり、早速とばかりに浮き輪を自らの腰周りに装着した。

「さあ行きましょう、土方さん!」

 ――ああ、今日は一段と疲れそうだ。しかし海を背に張り切る山崎を見て、満更でもないと思う自分がいるのもまた事実だった。




/彩色


暑中見舞いをくださったにこさん(随に)に捧げます。いただいたイラストを見て即刻作ったので、構想なし3時間クオリティの文章で申し訳ないです……!
可愛らしいお葉書を本当にありがとうございます!大切に保管させていただきますね(^^*)(20110809)