「どっちが良い?」

 坂田は二つの拳を山崎に突き出して見せた。何の事やら理解をしないまま、向かって右側の拳を指すと、本当にそっちで良いのか、と坂田が悪戯に笑みを浮かべる。

「じゃあこっち」

 山崎が思い直して左側の拳を指せば坂田はまた、それで悔いは無ェんだな、と笑んだまま念を押した。つまりはどちらを選んでも正解など無いのか、もしくはどちらを選んでも正解なのだろう。なんとも面倒臭い男だ。

 その手に何が収められているのか、山崎がじっと見ていると、開かれた左側の掌に乗っていたのは小さくてまるい桃色の飴玉だった。右側も開かせてみたが、同じくまるい飴玉が握られていただけである。

「どっちも同じじゃないですか」
「違うだろ、こっちはオレンジ」

 右側の飴玉は確かに橙色をしていた。だが違いはそれだけだ。二つを見せて好きな方を選ばせてくれた方がよっぽど親切じゃないか、と山崎は心の中で悪態を吐く。

 そうして自分に選ばせたのだから当然貰えるものだと思い山崎が桃色に手を伸ばすと、その行動を制するように左手は逃げていった。坂田は面倒臭いだけでなく、意地の悪い男であったらしい。

「くれるんじゃないんですか」
「あげるよ」
「言葉と行動が裏腹です」

 構わず坂田が透明の封を切ると、ころん、と掌に可愛らしい飴玉が転がる。それを指で摘み上げ、あろう事か自分の口に放り込んだのを見て、山崎は少しだけ眉間に皺を寄せた。

「旦那の嘘つき」

 ならばせめて右側の飴玉を貰おうと、今度は制止を受けないように素早く奪った瞬間、山崎は坂田にぐっと肩を押されて、後方の壁に身を寄り掛ける事となる。反動で橙色の飴玉は指の間からするりと逃げてしまい、そのまるい体が床を叩いた。

「やるって言ってんのに、他の食おうとすんなよ」
「だって俺が選んだやつは旦那が食っちまったじゃないですか」

 意地悪する旦那なんて嫌いです。そう言い終わる前に坂田の唇が山崎のそれに触れて、舌が強引に口内へと割り込んでくる。反抗をする暇も、反論を紡ぐ暇も与えられなかった。

 言葉にならない、くぐもった声で必死に離してくれと訴えると、坂田は自分の口から桃色の飴玉を山崎に渡してから唇を離す。
ようやく解放されて、すうっと酸素を吸い込んだ山崎は、次に口内に残った二人分の唾液を飲み込んだ。喉を流れるそれは仄かに甘い。

「ほら、ちゃんとやっただろ」

 自分の濡れた唇を舌で拭い、至極得意気に坂田が言う。山崎はと言うと途端に耳まで真っ赤に染め上げ、恥ずかしさのあまり逃げ出してしまいたくなったが、壁との間に己を閉じ込める坂田の腕がそれを許してくれない。

 意地悪する旦那なんて嫌いです。山崎の言葉は今度はしっかりと声になり、坂田の鼓膜に伝えた。しかし肝心の坂田は気にも留めない様子で山崎を見て微笑む。

「飴、美味い?」
「……甘いです」
「俺の事は?」
「……好き」
「よし、なら問題無し」

 再び唇が重ねられて、ちゅ、と軽い音を立ててから間近で視線が交わると、絆されているのだと分かっていても従わずにはいられなかった。

 見詰め合っているのが照れ臭くなった山崎は視線を伏せ、咥えたままの飴玉へと舌を這わせる。先程よりも熱を持った口内で、じわり、と甘味が広がった。




/桃色ドロップ