※山崎と土方
※元拍手文




 ひと仕事終えて屯所に戻ると、さすがは丑三つ時とでも言うべきだろうか、日頃の喧騒が嘘であるかのように静まり返っていた。

 山崎は丸一日を費やした潜入の任務のお陰でひどく疲れていたので、物音を立てぬように努めながらこっそりと廊下を歩む。うっかり隊士を起こしでもして、こんな時分に絡まれたのでは鬱陶しくて仕方がないであろう事は、容易に想像がついたからである。

 朝から長らく続いた緊張感故にすっかりと冴えた両眼を携えて廊下を歩んでいると、視線の向こうに影がひとつ。それは立ち止まったまま、どうやら山崎を待ち構えているようにも見えた。
 しかし割り当てられた部屋に戻る為にそこを避けて通れない山崎は、己と親しい隊士でない事を切に願いつつまた床板を軋ませる。するとどうだろう、次第に近付く人影は山崎のよく知る人物のそれであった。

「……副長」
「ご苦労さん」
「待っててくれたんですか?」
「ああ」

 山崎は不覚にも胸が締まる感覚を覚えて唇を引き結ぶ。咄嗟に言葉が出てこなかったのだ。その様子を捉えた土方はどうにもいたたまれず、少しばかり険しい表情をしてみせた。

「勘違いすんなよ。お前をじゃねェ、報告をだ」

 俺は現金な人間だ。山崎は心からそう思った。土方とあいまみえたそれだけで、先程までの疲労の行方を見失ったのだ。

 僅かながら頬を緩めた山崎とは裏腹に、土方の眉間の皺はまだ消えない。
それじゃあ、と山崎が口を開くと、二人はそれ以上言葉を交わさぬまま副長室へと足を進めた。




/キミが特効薬