※山崎と土方




 暑いな、と副長が呟く。一度は聞こえていないふりをしてやり過ごしたが、この鬼は5分程でまた同じ事を洩らすもんだから、渋々腰を上げた俺は団扇を手に取った。

「……自分で扇いでくださいよ」
「嫌だよ、暑い」
「暑いのは俺も同じです」

 上司様のご希望通りにぱたぱたと風を起こしてやると、肌にうっすらと汗を滲ませた彼が心地好さそうに両眼を細める。

 俺だって涼みたいんですけど、とは口にしない。副長の我が儘を聞く程度、今となってはもう文句を言うに値しないのだ。それだけ慣れてしまっているだなんて我ながら情けない、……とも思わなくなっている辺りが本当に情けないと思う。

 扇ぐ動作を続けたまま片手を自分のポケットに突っ込み、取り出した手拭いで副長の汗を拭こうとこめかみ付近を軽く撫でると、珍しく彼は俺のされるがままだった。いつもならば少し世話を焼くだけで鬱陶しがられるというのに。

「副長、涼しいですか?」
「さっきよりはな」

 俺はさっきより暑いです、と冗談混じりの悪態に副長が笑う。――ああ、だからもう、その顔はずるい。不覚にも少しだけ胸が高鳴った気がした。

 暫くして副長の汗が引いたであろう頃、不意に伸びてきた掌に俺の頭は掻き撫でられた。何するんですか、と尋ねる前にぐっと体重を掛けられ、気を奪われている隙にそこを支えに副長が立ち上がる。

「よし、じゃあ行くぞ」
「へ? どこに?」

 暑いからと脱ぎ捨てていた上着を拾い上げ、部屋から出ようと足を進めた副長を視線で追いつつ、俺も慌てて腰を上げた。団扇は傍らの座卓に放って、手拭いはポケットに戻して、彼の返答を――いや、どこに行くにせよ、副長に来いと言われれば逆らいはしないが。

「見回り。途中でかき氷でも食おうぜ、奢ってやる」
「マジですか、副長大好き」
「現金な奴」

 こちらを一瞥し再び破顔する副長を認めて、俺は廊下の床板をぎしりと軋ませる。調子に乗って握った手はすぐさま叩(はた)かれた。




/それくらいが丁度良い