※拍手予定だった文




「なあ原田、俺に男色の趣味があったらどうする?」

 山崎は“もしも”の話をするのが好きだった。

 唐突なそれと同時に際どい質問を投げるのがお気に入りらしく、お陰で周囲の人間が言葉に詰まってしまう場面に何度出くわした事か。表情がこわばる事もなく、声が上擦る事もなく、かと言っておどけて見せる事もない。そんな山崎の唇が紡ぐ“もしも”は、果たして本気なのか戯れなのか、判断に非常に困るものだった。

 俺も最初こそ少し戸惑いはしたのだが、今はすっかりとこの光景に慣れてしまったらしい。なにせコイツとは何年にも渡る古い付き合いをしてきたからだ。付き合い、と言っても無論、友人関係以外のなにものでもないが。

「また得意の例え話か」

 俺がそう言って笑うと、山崎も口元に一つ笑みを浮かべて見せる。それはやはり質問が本心なのか冗談なのか、予測を立てる為の手掛かりにすらならない表情ではあったが、これこそが山崎の自然体なのだから仕方が無い。

「――で。どうなの、原田」

 答えを急かすように、そしてどこか楽しげに、山崎は言葉を続ける。さて、どうしようか。俺がわざとらしく考え込む素振りをして見せると、そういうの要らないから早く、と更に返答を煽るのだった。

「例えばどうするか、なんて分かりゃしねェが、一つだけ言えんのはな」
「うん、何?」

 山崎は真剣に問うている訳でも、ましてや人を困らせようと意地悪を言っている訳でもない。ただ試しているのだ。相手の人間性、思考や思想、そして自分にとってどういう相手であるのかを。

「俺があんまり良い男だからって惚れんじゃねェぞ」

 同時に興味本位のそれに大それた意味はなく、否定されようが肯定されようが山崎の感情に変化がない事を俺は知っている。実際、拒否を受けて落ち込む山崎も、受け入れられて安堵する山崎も、俺は見た事がない。だからこそコイツに気遣いは不要なのだと、俺はそう思っている。

「バーカ、惚れねーよ」

 ふと目の前で屈託のない笑みを零した男の顔は、真選組の監察としてのそれではなかった。……果たして本人は自覚しているのだろうか。俺の目には紛れもない“友人にのみ向けられる隙”のように映る。もしもそれすら計算だとしたら、コイツは俺の手には到底負えない厄介な相手だ。

「俺、原田のそういうところ好き」
「そうか。ありがとさん」

 まあ、話の真偽や憶測の答えがどちらにせよコイツに対する気持ちも関係も変わらない――いや、変える気など毛頭無いのだが。

「俺もお前のそういうところ好きだぜ」

 くしゃり、と艶のある黒髪を撫でてやると、俺の親友は少し照れ臭そうにはにかんだ。




/空想倫理