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 俺の視線はいつだって、とある人物を追いかけていた。いつからそうなったのか、というのは正直覚えていない。ただ気が付いた時には自分の視界に相手が映っているのを当たり前のように思っていて、そこに居るべき時に姿が見えないとなると不安を覚えてしまう程だった。我ながら重症だと思う。

 そしてこれを世間一般では恋心と呼ぶのだという、出来れば気が付きたくなかった事実にも気が付いてしまった。俺の記憶が正しければ、自分の中でこの想いを認めたのは確か一年半ほど前の話だと思う。

「不毛、だよな」

 今も俺の視界の真ん中に居座り、体育の授業の一環として野球のバッドを力強く振りかぶる。そんな意中の相手、土方十四郎は言わずもがな俺と同じ男だった。

 つまりこの恋愛感情は自然の定理から大きく逸していて、人に相談なんてとてもじゃないが出来やしない。……噛み砕いて言えば、これは“異常”。そう、俺が抱いているのは異常な感情なのだ。

 それを重々承知しているからこそ、この想いが報われる可能性なんて端から考えちゃいないし、そもそも本人に打ち明ける気も毛頭ない。そりゃ土方さんが俺の事を好きとでも言えば話は別だが、そんな夢物語はそうそう実現しないと俺は知っている。

「土方さん大好きー、ってかィ」

 不意に割り込んできた沖田さんの覇気のない声に、俺の意識は急に現実へと引き戻された。何故バレたのだろうか、と一瞬は思ってしまったが、翌々考えれば彼に俺の思考が読めるはずもない。うっかり呆気に取られてしまった表情を引き締めて、何事もない体(てい)を装った。

「あの野郎のどこが良いんでィ」
「……馬鹿言わんで下さいよ。俺に男を好む趣味はないです」
「熱視線送ってたくせによく言う」
「…………」

 思考は読めずとも沖田さんは勘が鋭い。銀八先生や土方さんじゃ気付かないようなちょっとした嘘も、何故かこの人にはいつもバレてしまうのだ。

「参ったな、そんなに出ちまってました?」

 あくまで冗談に切り替えたような素振りで言葉に笑いを添える俺に目もくれず、沖田さんは相も変わらず抑揚のない声で淡々と述べた。少なくとも俺が気付く程には、と。

「…………」

 どうにもバツが悪くて隣の彼の様子をちらりと窺う。それは運動場の端、土方さんや新八くん達が行う野球試合へとしばらくは向けられていたのだが、俺の視線に気付いたのか、その丸く綺麗な赤茶色の瞳はこちらへと視軸を移した。

 ああ、駄目だ。完全にバレてる。

 観念という言葉が正しいだろうか。ここまで見透かされていると、意地を張っている自分が馬鹿馬鹿しく思えちまっていけない。
体育座りの姿勢をとっていた身体から力を抜き、それと同時に一度大きく溜め息を吐けば、隣からはようやく小さな笑い声が洩れる。…なんだか悔しい。俺は静かに彼から視線を外した。

「お前の目はいつもあのマヨネーズバカに向けられてらァ」
「……はい」
「授業中も、休み時間も」
「……そうです」
「そんなに焦がれるくれェなら告白の一つでもすりゃ良いのに」
「……ですよね」
「否定しねェのかィ、つまんねェ」
「……ごもっとも、……え?」

 気付いた頃にはニヤニヤと笑みを浮かべる沖田さんが再び視界の中心に居て、その瞬間に自分の顔が熱を持つのを自覚する。

「や、違う! 違います!」
「……なにが違うんだよ」

 咄嗟に立ち上がり否定を紡いだ俺に応答した声は、沖田さんのそれより確かに低く、俺にとって至極心地の好い響きを帯びたものだった。

「ひ、土方さん!? なんで……」
「選手交代」

 沖田さんの隣に腰を下ろす土方さんを見届けながらしばらく悩んだ挙句、結局は何も言えぬまま渋々足を進め始めると、視線の先には手招きで俺を呼ぶ原田の姿が確認できた。

 ……深く追求されなかっただけ良しとしよう。そう考えた矢先に、無情にも沖田さんの声が耳に届く。意地の悪い、聞き慣れた声。

「土方さーん、山崎が次ホームラン打てなかったらアンタに言いてェ事があるそうですぜ」
「何だそりゃ。普通は“打てたら”じゃねーのか」
「お、沖田さん何を……っ」
「背中押してやってるんでィ、感謝しろィ」

 本当に沖田さんには敵わない。俺が生まれてこの方、ホームランなんて打った事がないと知っているくせに。

 もしかしたら、キャッチャーである近藤委員長辺りには聞こえてしまっているかもしれない。そう思えるほどに大きく響いて止まない鼓動を抱えて、俺は運命のバッターボックスに立った。




/青二才の苦悩