今日も今日とて土方に買い出しを頼まれた――もとい、強いられた山崎は、常のようにマヨネーズと煙草を仕入れるべく大江戸スーパーへと向かうことにした。

 外はきっと寒いだろう。そう思い手持ちの羽織とマフラーを纏ってきたが、それでも冬の寒さは到底凌げるものではなかった。2月特有の低い気温。冷えた風。心なしか暗く見える空の色さえも、一層身体の熱を奪っていくように思える。

「人使い荒いんだよなァ、あの人」

 素直に屯所を出ては来たものの、どうにも気乗りがしない。本来ならば、山崎にとっての今日は終日非番であるはずなのだ。土方に使われることには慣れている山崎でも、いつもこれでは気が滅入る。たまには何も考えずに安息に浸る暇(いとま)が欲しいと密やかに願っていた。無論、それを口にすることなど出来はしないが。

「……まあ、そんなの今に始まった事じゃねェけどさ」

 口元を覆うように巻いたマフラーの内側でぼそりと呟きながらも、進められる足取りはやはり重く――それほどまでに億劫なのだろうか、無意識のうちに溜め息までもがこぼれ出た。マフラーの隙間から洩れたその吐息が白く染まる様子は尚更寒さを想起させ、山崎は思わず肩を竦める。真下に落とした視線の先では、袴の裾がひらひらと風に靡いていた。


 大通りを歩んでいた山崎がおもむろに顔を上げると、そこは早くも目的のスーパーの前に差し掛かったところだった。備えられた自動の開閉ドアが、入り口に立つ山崎を暖かな店内へと迎え入れる。お陰でもう吐いた息が白くなることはない。

 買うもん買ってさっさと帰っちまおう、自然とそう考えてしまうほどに山崎は眠気を感じていた。今日の全てを安息にあてようと、前日は遅くまで懸命に報告書と向き合っていたのである。計画は土方の一言によって見事に崩されてしまったが、それはそれだ。今更何を言っても仕方がない。今は少しでも早く屯所に戻り、そして少しでも長く休むことを望んでいた。


 迷うことなく一角に訪れた山崎は棚に並ぶ業務用マヨネーズを4つ手に取り、全てを左腕に抱える。入り口に置かれたカゴを取り忘れたことに気が付いたのはこの時だった。
しかし荷物はこれだけなのだ。わざわざ入り口まで取りに戻るほうが面倒である。山崎は5つ目のボトルを右手に携えて、脇見もせずにレジに向かう。つもりだった。
 ふと男の視線が捉えたのはデザートコーナーで、普段ならそう気を惹かれぬはずのそこが目についたのは、今日が山崎の誕生日であったからかもしれない。

 しかし今日が誕生日だからといって、誰かに祝ってほしいとは思っていなかったし、そもそもこの歳になってまで人に祝ってもらうものだとも思っていない。だが、誕生日にケーキを食べるという行為は“一般的”なのである。それが山崎の気を惹いたのだろう。

『お前もひとつくらい好きなもん買って良いから』

 確か山崎が財布を受け取るとき、土方はそう言っていた。かつて土方の口から聞いたことのない言葉に困惑もしたのだが、恐らく機嫌でも良かったのだろうと解釈していた。しかし本意は違ったのだ。

「……そんなの絶対に俺以外は気付かんだろ。副長は不器用過ぎるんだよ、もう」

 その瞬間、つい言葉を声にしてしまっていたことに気が付きハッとしたが、幸い周りには人気(ひとけ)がなかった。誰にも聞かれてはいないだろう。胸を撫で下ろした山崎は右手のマヨネーズを小脇に抱え、ケーキのパックを1つ持ち上げた。中には至って無難な見目をした苺のショートケーキが2つ並んでいる。もちろん片方は己の取り分だ。

 山崎の足は今度こそレジへと進み始めた。カウンターの向こうでは顔見知りの店員が頭上の棚から煙草を1カートン引き出して手中に収める。土方の好む銘柄のそれだった。

 抱えた商品をレジのテーブルに乗せ、山崎は懐から財布を取り出す。土方から預かった財布を見下ろす頃、胸を満たす“早く帰りたい”という気持ちは、先程とは随分と違った意味合いを持っていた。




/たまには褒美も欲しいんです