愛は惜しみなく与う
あい×あい×あい



「椿様、こんなところで寝ていては風邪をひきます」


縁側の柱に頭を預けて静かに寝息をたてる彼女に声を掛ける
彼女は休みの日や仕事から帰るとこうして縁側で居ることが多い
彼女にとってよほどここは居心地の良い場所なんだろう

そして私や半兵衛様はそれを黙って見つめたり、
一緒にお茶をしたりと過ごしている
彼女には出逢った人間の全てが魅了される
私もそんなもののひとり
彼女と出逢って私の日常は180度変わったような気がする

出会いは今から11年前


―――――――――――




その頃の私は町に出れば喧嘩を繰り返す毎日
家にも帰らない日々だった
まぁ家庭も家庭で俺にとっては居心地の悪いもので、
向こうも私を必要とはしないそんな現代によくありがちな家だった
人を見れば不信感が増し、
人と関わることをせず、学校にも行かずそれでいいと思ってた

そんなことを考えながらただ街中をふらふらし、
喧嘩を吹っかけられた
いきなりぶつかかられ、訳もなく因縁をつけられる
いつものパターンだ

変わらぬ日々、いつもと変わらないこの世界
私はこの世に絶望していたのかもしれない
こんな世界に生きる意味が分からず、でも必死にそれを探し続ける
意味など無いに等しいのに、必死であがき続ける


「ぶつかっといて謝罪もなしか」

「ぶつかってきたのはそちらだ」

「やんのかテメェ」


喧嘩は慣れた
謂れの無い因縁をつける人間と相対していたら、
自然と喧嘩の仕方も覚えた
身の守り方も覚え、人の傷つけ方も覚えた
我ながら最低な人間になったものだと思った

いつも通り、吹っかけられた喧嘩をかってひとり路地裏に佇んでいた
怪我の痛みにも慣れ、
人間らしい生活はもうできないんじゃないかと諦めかけたとき、
彼女が現れたのだ


バイクの高鳴りが聞こえたかと思えば、
こんな人も通らない路地裏でバイクが急停止
私はその様子を他人事のように見つめていると
全身を黒一色で包んだ人物が私に向かってまっすぐと歩いてくる
見た目には男かも女かも分からない
ただ、ヘルメットを脱いだ姿を見たときは
大袈裟かもしれない
でもただ、時が止まったかのように感じた

日本人では珍しい綺麗な切れ長の紅い瞳を持つその人物
何か強い思いを抱いていると確信させられるその紅い瞳に魅せられてしまった


「怪我、してるのか?」


最初その人物が何を言っているのかが分からなかった
ただ、驚いたことは
私に対して普通の会話を仕掛けてくれる人物が居たということだ
今まで私が相手にしてきた人間は
私に対して悪意を持つ人間ばかり
そんな中、目の前の人物は俺の怪我を気にしている
それに驚いている間に怪我の手当てらしきことをテキパキと進め、
そんな姿に多分、否きっとこの頃から恋しく思っていたに違いない
彼女は自分のハンカチを私の手当てに使うと、
何も言わず立ち去る

名前も知らない人間

けれど、私の中ではもう一度会いたい
それだけが頭の中で巡って、気づけばあの人を探していた

あちらに紅い瞳をした人物が居たといえばそこに行き、
そちらにバイクを乗り回す人物が居たといえばそこへ見に行った

何かに一生懸命になったことが無い私が初めて真剣になっている
そんな感情を持ちながら、ようやく見つけた姿があった


「ねねからその汚い手を放せ」

「なんだよ、じゃあお前が相手してくれんのか?」


どうやら女を助けるために男相手に突っかかっているその人
助けに入ろうと体を動かそうとした瞬間、
彼女の力強さを見た
無駄の無い動きで相手に的確な蹴りをいれる
その姿は夜叉とでも言ったほうがいいのかもしれない
次々と男共を蹴り倒すと、女の手を引いて泣き出す女の頭をひと撫でし、
以前見たときとは違う、優しい笑みで女をあやしていた


ただただ、見惚れた
彼女の強さに、彼女の表情に、
まだ彼女のことを何も知らない
でも私が彼女に惹かれる理由はそれだけで十分すぎるほど十分で、
俺は彼女の元へ駆ける




―――――――――――

それが私と彼女の始まり
彼女は覚えて居るのだろうか?
私に人間のぬくもりを教えてくれたのは彼女だった
優しさを与えてくれたのは彼女だった
それと同時に、私がこの止め処ない愛しさを覚えたのは彼女に出会ったからだ

憧れや尊敬以上に今は彼女の傍に居たいと思う
愛しさが溢れてとまらない
恋しさが溢れてとまらない
きっと彼女に出逢った人間全てがそう思う

そのことに少しだけ不満を残しつつも
今ある彼女との時間が永遠になればと思い描く



「…んっ?…私は寝てた、のか?」


浅い眠りから覚めた彼女に私は「寝てました」とそう呟くと
「そうか」と女性としては少し低めの声で発した
彼女に魅せられ、今まで一緒に生きてきて思うことがある
それは本当に私は幸せだということだ

彼女と共に生きれることがこんなに幸せだとは…

彼女の傍に居られることが嬉しく思う

理由はない
理由はなくとも私を傍に置いてくれる彼女との関係が愛おしい

たとえ今は私のことを友人としか見ていなくても
今は彼女と在れる、それだけで十分で
溢れる感情は暫くは胸に秘めていこうと心に決めた



その時間が永遠であってほしい



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タイトル/空想アリアさま
→あとがき






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