愛は惜しみなく与う
短編




夢から覚めても君だけは傍にいてね




私の恐いもの
ひとつ、失うこと
私の好きなもの
ひとつ、ぬくもり

私の一番恐いことは、ぬくもりの消失。

昨日まで隣にあったぬくもりが、
今日、感じられなくなるなんてことは今の世の中よくあること
自然の摂理だの、運命だのってよく言われるが、
だけどそれを黙って受け止められるほど、
人間の心は強くできてないと思う。
少なくとも私はそう

どんなに心の強い人でも、
本当に人を愛する気持ちを知り、その人の死を見れば
立ち直るかどうかは別として、深い悲しみを迎えることだろうと思う
私の場合は、いつかそうなったとき
立ち直れるんだろうか?

彼は強い
それは池袋の自動喧嘩人形と呼ばれるほどに強い
そう、強い
だけど不安になるのはしょうがないと思う
いくら強くたって、傷ができにくい体だって、
傷つくんだ。傷ついて戻ってくる。

「たいしたことない、心配すんな」

そうやってその大きなあたたかい手のひらで私の頭をくしゃくしゃと撫でる
強すぎる力を最小限に抑えながら、私の頭を優しく撫でるのだ

その手がたまらなく愛おしい
その眼差しが私の胸をギュッと締め付ける
その優しさが時折私を不安にさせる

最初に声を掛けたのは私だった
どこの誰かとも分からない人に銃で撃たれたと言っていた気がする
気まぐれだった
思えば何故私は彼に手を差し出したのだろうか
でも今はこのあたたかくて優しい手を離したくないと、

そう思う

よく思うことがある
今生きているこの世界が、今私の目の前に広がるこの私の世界が、
夢ではないのだろうかと、幻ではないのだろうかと、

小さい頃、夢を見た
夢の中の私は、大切な家族
それと同じぐらい大切な友人たちといつもと変わらない日常を送っている夢
起きたとき、それが夢であったことに吃驚したことを今でもはっきり覚えてる
でも今考えてみると、
今生きていると感じて、考えている世界のほうが夢だったらと…

そうなると恐い

こんなに大切な人、愛する人ができて
それが夢であったらと思うと恐くてたまらない


「んっ…」

「おい――――?」


遠くからぼやけて声が聞こえた
低くて、温かくて、優しくて私の大好きな声

そして暫くすると、誰かに体を包み込まれる感覚がして、

私は目が覚めた


ああ、夢だったか


夢の中でまでこんなに悩むなんて本当にどうかしてると考えながら
私は私を呼び起こした張本人を見つめる


「静雄…」

「お前がなんか悩んでっから…俺はどうすればいい?」


今の静雄は、
いつも自販機やらガードレールやらを振り回すような静雄にはまったく見えない
不安げな、私を心から心配しているのだろう
そう思うと何だか胸がぎゅっとなって、
気づけば思うことをすらすらと言葉にしていた


「…私ね、恐いんだ。目が覚めたら静雄が居なかったらって思うと…
不安で不安でたまらない。愛してるから、好きだから
静雄が傷つくって帰ってくるのも恐いし、起きたら居なかったらって思うのも恐い」


横目で静雄を見つめてみると、
彼は少し悩んだ様子だったけど、それもほんの少しの間だけ
ぽんぽんと私の頭を撫でながら口を開く


「ばかっ…そんなことだったら、これから先の俺の人生全部やるよ。
何が何でも離しゃしねぇし、傍に居る。だから安心してろ
夢から覚めたら俺がお前をいつでもこうして抱きしめるから、だから不安になるな」


「…うんっ、静雄も怪我をあまりしないように」



隣にあるぬくもりが嘘だと思うなら
私から思いっきり抱きしめればいい
そのぬくもりを確かめるかのように
強く、強く
彼は今日みたいに心強い言葉をくれるだろう

離さないと言う彼の言葉に不安があるなら
今度は私が離れないようにすればいい
傍で彼を感じる幸せを感じながら一緒に居ればきっと安心できる


静雄に出会えてよかった、
気まぐれだったかもしれない、
けれどたしかにそこには愛があったと信じてる






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夢小説企画「whim」さまに提出







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