短編
「門田さん」 「ん?なんだ?」 最初に俺に声を掛けたほうが後輩左官であるこいつ 数年前から突然俺に弟子入りを申し出た人間だ 女でありながらよく働くし、仕事もなかなかの腕前 そんなこいつと左官作業をしながら、戯れの会話を繰り広げるのが俺達の日常 そんな日常が俺には心地のよいものと感じられ、日々彼女と言葉を交わすこの時間が俺は好きだったりする 「私、最近心理学を勉強してるんですよ」 「心理学?お前が?」 「そうです。といっても恋愛心理学の本をちらりと立ち読みしたぐらいですけど」 それは勉強してるとは言えないだろと 一言、言ってやりたかったが、話の腰を折るのも悪い気がしてそこはうまく流し、こいつに続きを促す 「それで、【好き】と【愛してる】の違いっていう項目があったんで気になって読んでみたんです」 「それで?どうだったんだ」 「【好き】っていうのは結局、自分にとって価値があるかってことなんですって。おいしい林檎もそうだし、かっこいい車、あと人間で言うと綺麗な人なんかが例です。 そして、【愛してる】っていうのは、相手の幸福を願えるかってことだそうです。例えば…そうだなぁ、もしおいしい林檎があったとして、それを好きだったとしても腐ったら捨てますよね?でも、愛していたのならそれを捨てないんです。人間でいうと、かっこいい人間が居るとします。でもその人が難病を抱えていて死ぬかもしれないっていう場合にその人から自然と離れていく人は所詮好きだっただけ。愛してはいなかったんです。そこでその人を見捨てない人が本当にその人を愛していると言えるんだそうです」 「で、何がいいたい?」 私にとって、門田さんはどうかなぁって思って… にこやかに、そして考え込むこいつを見て、 俺はもうひとつの答えしか浮かばない 俺はこいつのことが好きだろう だが、きっと俺にとってこいつはそれだけじゃない筈だ こいつがもし、難病によって死ぬかもしれない状態に陥ることがあれば、俺はこいつのもとを離れることなどできない。傍に居たいと願うだろう。 こいつにとって俺の存在とはなんだろうか? 仕事の先輩としか思ってなかったらそれはそれで辛いものがある このままの関係でいいと思ってた筈だが、そんな内容について考えてみると一歩踏み出してみるのも悪くないと柄にもないことを考えちまった 「俺にとってお前は好き止まりだろうな」 「えっ…」 「お前と居る時間は確かに心地がいい。だがお前にもしものことがあって、最後まで付き合えるかと言われれば………」 「言われれば?」 「無理だろうな」 内心吃驚した すらすらと嘘を述べる俺の横で、顔を真っ青に染めてゆくこいつの姿 このまま、からかって苛めてやろうかと思っていたがそんな考えはこいつの表情を見ていたら我慢できなくなった 「ばーか、嘘だ。俺はお前を愛してる。簡単に騙されるなお前は」 だからこそ、心配になるんだよ そう吐き捨てると、 次の瞬間には真っ青だった顔が茹蛸のように真っ赤なものへと変貌を遂げた 可愛い、そう思っちまうのはしょうがない 「からかわないで下さい」 「お前はどうなんだよ?俺のこと、好きか?愛してるか?それとも好きでも愛してもいないか?」 ぼそぼそ呟くこいつ 小さな声で、聞き取りにくい声だったが、けれど俺にはしっかりと聞こえた 【愛してて悪いですか…門田さんのばーか】 最初からそれを言いたかっただけ癖に 俺と一緒で一歩踏み出したかっただけの癖に 可愛いやつ 今は仕事に集中することよりも、こいつに集中していたい これから、俺とお前とで恋愛心理学について考えてみるか… いつか先人は言った 恋の力は、身をもって恋を経験する時でなければわからない。と 今、俺は身をもって恋を経験している 《俺以外に騙されるなよ》 (門田さんの所為ですからね、仕事が時間までに仕上がらなかったら) (お前となら怒られるのも悪くないだろ) そして今日も俺達は仕事をこなしながら戯れの会話を交わすのだ ――――――――――― 企画サイト出来損ないの騎士さまに提出 |