愛は惜しみなく与う
短編



「片倉さん?朝ごはんできてますよ」


昨夜は仕事を家まで持って帰り、遅くまで仕事をやり続けていた
22時頃の帰宅したかと思えば深夜3時頃まで立て続けの仕事
そんな日々が2週間も続けば、肉体的にも精神的にも私ならきっと参ってる
少しでも片倉さんの力になれたらと思うけれど、
なかなか上手くいかないのが今の私の現状

そういえば、同棲を始めて幾年の歳月を2人で過ごしてきたのだろうか?
最初はお互いに遠慮と失敗の繰り返し…
それでも少しずつ、距離は近づいて今の生活が保たれている

同じ季節を共に過ごし、
そして一緒に笑って、一緒に成長してきた
同じ時を共有することがとてつもなく幸せであると実感できたし、片倉さんがのことが少しずつ、昔よりずっとずっと好きになっていく事実を実感していた。

今では片倉さんの体調の心配までさせてもらっている
本当に伊達に一緒に暮らしてないなと笑みさえ漏れてくる
近所の奥様方にはもう私達は結婚しているのかと問われることがあるが、今までそういった話が出たことは無い。
したくないわけではない、むしろ私も何か証になるものが欲しくとも思う

けれど、今の関係を壊したくないというのも事実で、
もしこの心地の良い片倉さんとの関係が崩れてしまったらと不安で堪らなくなる

臆病者の私は、今の関係に甘えてしまっているのかもしれない


「片倉さん?起きてください」

「……」


本当に自分のことを気にしない人だから尚更心配になってしまうのだ
上司である伊達さんのことを一番に考えている片倉さんの思いは大切だと思う
けれど、少しは自分を大切に労わって欲しい
こちらの気持ちも考えて欲しいものだ


「ほら、片倉さんはまず着替えてくださいね。ご飯が冷めてしまったと思うんで、少し温め直してきますから」


片倉さんを残し、部屋を立ち去る

否、立ち去ろうとした

けれど出て行こうとした私の首元を、しっかりと抱え込むように片倉さんに抱きしめられる

違う、こんなの片倉さんじゃない

そう思う一方で、この優しくあたたかい腕は確かに片倉さんのもので
背中から伝わる、この逞しい体の熱も全て全て片倉さん自身のもので
私は抵抗する術を失ってしまった


「…かた、く、らさん?」


静かに私が彼の名を呼ぶと、
彼は私を振り向かせ、また正面から抱きしめなおす

本当に今日はどうしてしまったのだろうか?

少し不安になりながら私は尋ねることにした


「どうしたんですか?片倉さん…今日の片倉さんは少し…変です」


「変でもいい、だがこれだけは言いてぇ。
お前は俺と居て幸せか?
俺なんかと一緒に暮らすようになったからこそ、我慢しなきゃならねぇことも在った筈だ
俺がお前を苦しめてるなら謝りてぇ、すまなかった

だが、もうお前を手放すことはできるならしたくない
これから先、お前にはずっと俺の近くに居て欲しいんだ

これから先、俺と一緒に生きてくれ

俺に人を愛するという言葉の真髄を教えたのはお前だったな
これから先、何が起こるか分からねぇが、
お前と一緒に笑って居たい、お前と一緒に支えあいたい
お前が辛いときはどんなときでも傍に居て支えてやりたい
何よりお前の隣に居るのは俺でありたいんだ

一緒になってくれ」


吃驚した
普段こんなこと言う人じゃないのに
こんな台詞がすらすら出てくる人じゃないのに
だけど、何処をどう見ても彼の目は真剣そのもの
私は彼の言葉に固まるしかなかった

しばらく沈黙が続けば、片倉さんが焦ったように不安げな表情を見せる


「…駄目、か?」

「…いいえ、ただ少しだけ吃驚して…片倉さんそんなこと言う人じゃないと思ってたから」


顔を上げて、片倉さんを見上げる形になると彼は少し顔を緩ませ苦笑した


「夢を見たんだよ。猿飛とお前は幼馴染らしいな」

「佐助?ですか?確かに私達は幼馴染ですけど…」


どういう関係が?と尋ねようとするまえに片倉さんがぽつりぽつりと語りだす


「お前とな、猿飛が何処か手の届かない場所に行っちまう夢を見た
どんなに手を伸ばしても届かない、ずっとずっと追いかけ続けた結果…お前は消えちまった
そんな夢を見た後お前を見たら堪らなくなってな
消えて欲しくねぇ、俺以外の人間と何処かになんか行って欲しくねぇ
情けないが、この感情はどうしようもなかった
こんな長い期間一緒に暮らしてんのに居えなかった一言がある

好きだ。堪らねぇぐらいお前を愛してる
らしくねぇことは百も承知、俺と今生を共にしてくれ」


「馬鹿じゃないですか」

「…」

「こんなに一緒に居て私の気持ちにも気づいてないなんて…
私は好きでもない人間とこんなに長い時を過ごすことなんてできませんよ
私も貴方に負けないほどに貴方を好いている「好きだ、お前が好きだ」


「…分かってますよ」


照れたように笑う貴方
そんな表情初めてみた
好きだと言われたとき、大袈裟かもしれないけれど、もう死んでもいいと思ってしまった。
でも貴方と共に過ごせる未来があるならと思っただけで死んでもいいだなんて思えなくなってしまった
できるだけ長く時を共にしたい。貴方と一喜一憂していきたい


「片倉さん、私、今幸せですよ」

「俺もだ、やっとお前を手に入れた」


子供のように喜ぶ彼に私のほうが嬉しい


きっと彼はこれから先も無理をするだろうから、私が止めてあげないといけない
彼は自分を省みないから…
それが私は心配だけど
私は家で彼の帰りを待っていよう

「お帰りなさい」

その一言を言う為に…

貴方の帰る場所は此処にあるとそう一言


【陳腐な愛じゃ頷かないから】


(片倉さん)
(片倉さんじゃねぇだろ?お前も片倉になるんだから)
(……こっ…こ、小十郎?さん?)

(上出来だ。これから頼むな、俺の奥さん)


嗚呼、私は今、誰よりも幸せだ



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企画サイト「ひやり」さまに提出
▼片倉夫妻のその後






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