愛は惜しみなく与う
短編



季節は冬。
風は冷たく凍える程で…肌に突き刺さる風が少々痛く感じる
こんな痛みは俺様にとってはなんでもないんだが、
それでも彼女にとって、これは厳しい寒さとなるんだろうかとふと思った。

冬は死の季節だ
生き物は死に向かい、生気は途絶える
人間も病気に掛かりやすくなるし、
気持ちの上でも沈む季節となる。
まぁ大将や旦那はそんなこと気にするような人には見えないんだけど、
けれどあの人はそんなことすら敏感に感じてしまうんだろう

何故こんなにあの人のことを気にするか…
そんな理由ひとつしかない

俺が彼女に惹かれているからだ

思いを伝えたことはない
ただ俺があの人を好きなだけ
大将の娘、所謂姫様という立場の彼女と一介の忍である俺様
釣り合う筈などなく、こんな思いを抱いてしまったこと自体が罪なのだ

どこに惚れたか

そんなことは一概には言えるわけが無い

どんなものであろうと訳隔てなく接する彼女
忍の俺様でさえも抱え込もうとする彼女
血塗れた俺様
だけどあの優しく微笑むあの顔で見つめられたら、
俺は逃げれるはずが無かった

目を合わせたら逃げられない
言葉を交わしたら離れられない

全てに依存しきってしまう

こんな感情を抱いちゃいけないことも良く分かる
こんな他人の血ばかり浴びる俺様にあの人は相応しくないことも良く分かる

でもこの思いはどうしても拭えそうにない

好きだった、今も好きだ
気づいたらもう逃れられないほどに彼女を愛している
初恋というものなんだろう
だからこそ、この気持ちは押さえが利かない

なんでこんな面倒な思いを抱いてしまったのだろうと思う
けれど、
彼女の姿を一目見ればそんな感情もどこかへ消し飛んでしまうのだ


「…佐助?」

「はっ…はい」


一瞬、力が緩んだのが感じ取れた
彼女の前に出ると俺は無力もいいところだ
彼女の見せる表情ひとつとっても俺にとっては甘美な夢のよう
こんな俺ではいけないと思うのに、
彼女を見たらそんなことも言っていられない


「どうしたのです?最近は上の空のときが多いように感じますが」

「い、いえ。すみません」

「謝ることではないでしょう?何かあったら教えてください
できることなら私も力になりたいと思っているのですから」

「姫様が…俺の力に…?」

「ええ、私はどんなに武術を頑張っても女子は女子
どこまでいっても戦場では戦力にはなりません。
でも、だからこそ。心という面で私は皆のものの救いとなりたいのです

といっても、私にできることなど限られてきますけどね」


困ったように笑う彼女がどこか儚げで
消えてしまいそうで、俺は彼女を抱きしめたいという衝動に駆られた。

手を伸ばす

けれど、これを引っ込めるしか今の俺にはできない

身分が違いすぎるのだ

触れたいのに触れられない
抱きしめたいのに抱きしめられない
胸が苦しくて苦しくて仕方ない

なぁ、もし貴女と俺が対等な立場であったなら
俺は今すぐにでも貴女を攫っていく

2人で幸せになりたいと願うことすら罪なことなのだろうか?

いっそ消えてしまいたいと願う俺は相当だ

近くに居るのに、
誰よりも近くに居るのに、
何故、こんなにも遠い?


俺は叶わぬ恋がしたかったわけではない。
ただ、俺も幸せな恋がしたかった。
貴女と所帯持って2人で暮らして居たかった


だが、どんなになっても俺の初恋は成就しない


彼女の一番が俺であってほしいと願ったのはいつからだったか
彼女と幸せになりたいと願ったのはいつからだったか


そして、


そんな願いの全てが叶わぬものだと理解したのはいつだったか


所詮俺様も忍


幸せになんてなれやしないと理解はしていたが、
こんなものだとは思ってやしなかった


こんなにも胸が痛くて痛くて堪らない


俺がもし、せめて忍ではなくてどこかの武将であったなら
そしたら俺は幸せになれたのだろうか?
俺が彼女を幸せにすることができたのだろうか?


ただ、


彼女を幸せにするのは俺ではない


そんな事実が俺の前に突きつけられる


ねぇ、貴女は少しでも俺のことを愛しいと思ってくれたことがありましたか?



(佐助、私は…)
(確かに貴方を愛していたよ)

(俺に愛していたと言った彼女は、
泣きたいような笑顔で何処の誰かも分からない相手に嫁いでいく)

【愛してる】

もし、もし、もし、俺がその一言を伝えていれば何か変わったのだろうか?

愛してた、今も愛してる

けれどそれを伝えたい相手はもう此処には居ない



大切なものは此処にあった




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企画サイト飄々様に提出






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