愛は惜しみなく与う
短編



「千鶴さーんっ」


彼女の名前を社の外で呼んでみる


「………」


返事がないのはいつものことで、それは承知済み
そして次に私がすることは空を見上げること


ほら


「あーあ、見つかっちゃった」

「分かりますよ、貴女のことですもん」


そっかっと彼女は照れたように笑う
そんな顔も私だけが見ることができると思ったらなぜか私まで嬉しくなってつい笑ってしまうと


「何笑ってんのさ?馬鹿じゃない?」


なぁんて白禄さんみたいなこと言うから
今度は面白くて笑ってしまう私に、
彼女は小さく溜息を吐いた。
でも笑って居るところをみるとそう怒ってはいないらしい
そんなことは分かりきっていたのだけど…
でも、彼女のここまでの
戯れの会話を交わせるようになったところをみるとやはり嬉しい


鶴梅や真朱達には内緒で社の外に出てきている
理由は言わなくてもいいように、彼女が妖だから。私が何の力もない人間だから
もっと言えば、私が妖怪の天敵である姫巫女だから…
姫巫女と言っても本来の私には何の力もなく非力
だけど、社の者、そして妖怪たちには
私が全てを見通す力を持つとまで思われている

そんなことないのにね…


彼女はそんな私を受け入れてくれた
姫巫女でもなく、銀朱でもなく、ただの人間
そして一緒に生きる生物として認めてくれた

そんな彼女が笑うと私も嬉しい
彼女が笑うから、こんな責務を抱えていても笑って生きていける

そんな彼女に会いに私は仕事を抜け出してきているわけだけど、
彼女はこうして私を向かえいれてくれるからつい、また来てしまうんだ


「でも、なんで千鶴さんは私と仲良くしてくれてるんですか?」

「何?急に…」

「否、ただ普通に普通の妖なら姫巫女なんかと仲良くしないだろうなぁと…」


「銀朱だからじゃ駄目?あんただから、人間とか姫巫女とかどうでもいいんだよね」


姫巫女のあんた達が妖怪を殺すように、
妖怪だってあんた等を喰ったりしてるわけでしょ?
そんなの同罪じゃん
それに、妖怪にも私みたいな奴が居るように
人間にも銀朱、あんたみたいな奴が居るって分かったから。

あんただから一緒に居たいって思っちゃうの


「それじゃ悪い?」


顔を逸らしていたけど、
でもそれでは隠し切れない顔の赤さを見た私はつい、
彼女の小さな体を抱きしめた


「何すんのさっ、銀朱」

「なんとでも言ってください。可愛すぎますよ貴女」

「なっ」


彼女は更に顔を真っ赤にして抵抗するもんだから
更に腕に力を込めた

でも知ってる

いくら男女の差はあっても所詮人間と妖怪の力
彼女の力があればいつでも私の抱擁から抜け出せるのに、
それでも私の腕の中に居るということは少しは期待してもいいんですよね


ね、千鶴?


もうしばらくだけ、こうしていたいと言ったら
大人しくなる彼女の優しさに甘えて
久しぶりのあたたかな時間を過ごした




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前サイトから。
私の大好きなあまつきの銀朱さん






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