愛は惜しみなく与う
短編





「い〜ざ〜や〜く〜ん」

「何?それ」

「…えっと、静雄さんのまねっこ」

「ごめん、それ笑えないから」

ちぇっと舌打ちをしながらまた何かを考えている様子の彼女を垣間見つつ
視線をパソコンへと戻してものを考え始める
始まりは、ほんの少しの興味だった

シズちゃんに対しても、運び屋に対しても
物怖じせずに接する態度を見せたかと思えば、
案外ホラー系の映画は苦手で、
そのくせ見たがる
そんな人間が作った映像なんかより怖いものは周りに居るだろうに

彼女は本当に変わった人間だ
人間を好きで愛している俺でも、いままで見てきたどんな人間とも違う
だからこそ把握しきれない
俺のことを惑わすような発言をしたかと思えば、
今度はシズちゃんに抱きついてくると発言したまま、
この一緒に住むマンションに数日間帰ってこなかったり
いい加減俺を誑かすのもやめてほしいものだ

けれど何故か、
この目の前に居る同い年には思えないような幼い女を、
俺は手放すことができずに居る
それはシズちゃんに渡したくないという対抗心からなのか
なんなのか
それは今の俺には分からないから尚更困る


「ねぇ」


突然さっきから何かを考え込んでいた彼女が俺に向かって呼びかけた

俺はパソコンの仕事を一先ず放置し、
彼女が掛けるソファへと向かった

ソファへ向かうと隣の空いた場所を指してくる

まぁ座れということなのだろう


「っで、何?」

「臨也さんって好きな人居ないの?」

「何それ」

「いいから」


「俺は人間がす「それは分かってるって、ひとりの人間。というかひとりの女性を異性として、女としてみたことはないのって聞いてるの」


急に何かと思えばそんなことか
そう思いつつもそれを口にすれば、
彼女が不貞腐れるのを知っているから言葉にはしない

きっと彼女が聞きたいのはひとりの女性に恋をしたことはあるのか?ということなのだろう

そんなもの俺がしりたい

俺は人間全般が好きだ
その中には女性も含まれるが、
そんなことを言っても彼女はそう、分かったとは言ってくれない

そもそも俺が好きなのは人間全般で、
憎しみ、悲しみ、怒り、憤り、嬉しさ、切なさ
他にも言葉にできないような何億通りの表情を見せてくれる人間が好きだ
それを彼女に言っても分からないだろうけど、
それが全てである


「もしかして、臨也さんって宇宙人だったり?」

「……君の思考回路が知りたいよ。なんでそうなるの?」

「だってひとりの人間を好きになったことがないなんておかしい。人間じゃない」


酷い言われ様だ


「じゃあ、人を好きになるってどういうことなの?」


たとえば、

その人のことで頭がいっぱいになる
傍に居なければ居て欲しいと思い、心配になる
その人が今何をやってるのかが気になって、気が気じゃなくなって、
自分以外に笑顔を見せてるその人を見たら胸が苦しくなって、
自分だけで独占したくなる

ただいつも、隣に居て欲しいと思うことかな?


彼女はいかにも自分のことのように語る
そんな表情を見て、チクリ
何かが胸に刺さったような感じだ


「じゃあ、その人が他の人が好きかもってなったらどんな感じがするの?」

「まぁ、人によるけど胸がギュッと苦しくなったり、離したくなくなったり?」


そこまで言われて俺は何かに気づく
彼女が言った言葉の内容は、
人間が好きな俺だけど、人間全てにそう思ってるわけじゃないってことだ

でも、ただひとりに対してはそう思ってる自分に気づかされて
自然と顔に笑みが漏れる


「っで、そんな人居た?」

「居るよ」

「嘘ッ、臨也さんが人間だったってこと?」

「毎回思うけど、失礼だよね」


ほんの少しの興味で始まった
シズちゃんにあんな風にして絡む女って言うのはどんなのだろう
そんな考えからずっと彼女を見てきた
でも今ではそれは変わってきたみたいだ
自分が傍に置いておきたいから一緒に住まわせて、
今でもあの頃と変わらない気持ちかと問われれば、答えがNoだ

あの頃と一緒の彼女には思えずに居る自分がはっきりあった

まだこの言葉を口にすることは上手くできないが、
口にするなら、そう

朦朧にも曖昧にも確かなものがそこにある

という結果に行き着き
今までと少し違う見方で彼女を見ていたら、
堪らなく愛しく思えてきてなんだか自分が自分ではないようだ

本気になる予定なんてこれっぽっちもなく、想像もしてなかった
けれど確かにそこには普段人間に感じるものとは違うものがあると確信が持てた


「よし、今日は寿司を食べに行こうか?」

「えっ?なんか今日いいことあったの?静雄さんに会うかもしれないのに」

「いいことねぇ…あったよ」


まだ言葉にはしないけれど
思う気持ちがある

君は俺でいっぱいになればいいよ
俺から離さなくても
離れられないぐらいに俺に依存しちゃえばいい

何もかもがどうでもなるぐらいに、
お互いがお互いを愛せればと思う今日の俺はどうかしているのかもしれない

だけどなんとなく、今日は機嫌がよかった


(隣を歩く臨也さんはどこか少し吹っ切れたようで、そんな臨也さんも変わらず格好よかった)
(知ってましたか?私がずっと前から貴方しか見てないことを)
(誰が臨也さんを嫌おうと、憎もうと、私だけは情報屋の折原臨也ではなくただの折原臨也として彼を愛してる)


彼と彼女が池袋に着くまであと数分
彼と彼女の手が繋がれるまであと数十分
彼と彼女が思いを確認しあうまで

あと…



朦朧にも曖昧にも確かなものがそこにある



―――――――――――――
企画サイト「解仏」さまへ提出






- ナノ -