愛は惜しみなく与う
短編




「あーさみィ」

一言、誰に言うでもなく呟くと
俺の小さな声に気づいたのか、
彼女は俺の冷たくなった手を、自分のあたたかい手のひらで包み込んだ
そのぬくもりが堪らなく愛しくて、
俺はその手でギュッと彼女の手を握った
このあたたかさが彼女で、彼女のあたたかさが好きな俺

それだけで十分だと思っていた。

隣に居れるだけで十分、満たされていた筈だったのに…
俺は随分欲張りになっちまった
7歳も年上の彼女に片思いしていた頃から
彼女の隣という場所だけを願っていた
でもいざそれが叶ってしまうと、もっともっとって望んじまう

欲深いということはこういうことかとため息を吐きたくなる

彼女はモテる
その容姿から異性の視線を集める
そしてその性格からそれは決定的なものへと変わってしまう
俺だけを見てくれたなら、俺だけにその表情を見せてくれたなら
そんなことを考えちまう俺は相当参ってる証拠かも知れねェ


「よう、何してんの?」


突然、彼女に対して声を掛ける輩が居た
俺には心当たりはないし、きっと彼女に対してなんだろうが
そんなことにすら苛立ちを感じる
年の差というのは大きい
7歳も違うと感じ方も変わってくるんだろうし、
俺なんかに彼女は相応しくないんじゃないかと思えてくる
俺なんかがこの人の隣に居座ってていいものなのかと唱えつつ、この人の隣には俺以外の男が居てほしくないと願ってる
矛盾してる、でもそれが本音だ


「今日、君、仕事早く終わらせてたみたいだから一緒にどこか行こうかって誘おうと思ってたんだけど」

「ごめんなさい。今日は少し大事な用事があったんで」

「あー…っで、その隣の子。弟さん?」


軽い口調で俺を見ながら言うその男
きっとこいつも彼女が好きなんだろう
スーツを着て、いかにも仕事してますという風貌の男に対し
俺は学ランを着て彼女の隣に立っている
弟と思われたって仕方ねェって頭では分かってるが、
でも、それでもそんな風に見られたくねェ


「彼は私の恋人ですよ」

「「えっ?」」


その男と俺の声が重なった

まさか、こんなところで仕事の同僚に対して
俺なんかを恋人だなんて言ってくれるなんて思ってなかった
そんなことに吃驚しつつ、嬉しさを隠し切れねェ


「マジで?」

「はい、大事なデートの途中なんで失礼しますね」


そう言うと彼女は俺の手を引っ張り、足早にその場を立ち去る
俺、今すごい顔が緩んでると思う
彼女にしっかり認められたと勝手に思っちまってる
しばらく歩いて、やっと止まった彼女は俺のほうに振り返った


「ごめんね。不快な思いしたでしょ」

「いや、そう思われても仕方ねェってことは知ってやすから

でも、嬉しかった

貴女が俺のこと恋人だって言ってくれて、本当に嬉しかった」


彼女はそんな俺の首元に顔を預けると、
しばらくしたら、首元にチクリという感覚がして
彼女が顔を上げてクスッと笑ったので、彼女が何をしたのかが分かった気がした


「沖田くんが不安そうにしてたのは知ってた。だから言うけど、
私が頭を撫でたいと思うのも、抱きしめたいと思うのも、
こうして痕つけたいと思うのも全部沖田くんだからだよ」

「好きなひとにここまで言われちゃ、かっこ悪ィねェ」

「ふふっごめんね」

「そんな貴女も好きなんでィ」


彼女の隣は俺だけの場所
誰かのものになるのは苦手だと思ってた
けれど、彼女のものになれるのならそれがいい
誰かをものにできるなんて無理だと思ってた
だけど、彼女をものにできるならそれがいい

お互いがお互いを思える
そしてお互いがお互いでいっぱいになる

そんな俺たちの関係も悪いもんじゃねェなァと思いつつ
今は彼女に相応しい男になりてェと思った


愛してる、離したくねェ彼女の横で笑っていられるように、
俺は彼女の手をしっかりと握った



【腕と首なら欲望のキス】




(俺からも首に痕残していいですかィ)
(いいよ)


頬を赤らめて笑う彼女に胸を鷲掴みにされつつ
俺は欲望の赴くままに彼女の首元に顔を埋めた




――――――――――――
企画サイト「アカシアの雨がやむとき」さまに提出






- ナノ -