愛は惜しみなく与う
短編




「しずおさ〜ん」


あいつの声が聞こえた気がした
咄嗟に振り返るとやはりあいつは居なくて、
俺がどれだけあいつに依存してるかがよく分かる
幻聴まで聞こえちまうってのは重症だよな

隣に居るトムさんに目をやると、
何かを察したように苦笑していた


「で、あの子とはどうなんだよ」

「どうって…普通っす」

「デートは?」

「…デート…は、行ったことないっす」


最近は、上司であるトムさんと取り立て終了後、
こうしてファーストフード店で食事を取りながら
あいつについての話をすることが多い
あいつのことを話すのは嫌いじゃないし、むしろ好きで
いろいろ相談に乗ってもらっている


「デートねぇの?」

「はい…仕事があったり、
あいつは学校あったりで会えるのは夜ぐらいだし。
なかなかそんな時間から会いてぇなんて言えねぇっつーか…
言いたいんすけど。やっぱ無理で…」

「そんな遠慮することねぇと思うけどな。好きなんだろ?お互いに」

「俺はちゃんとしっかり好きなんですけど、なんか不安で…」


「聞いてみたらどうだ?俺のこと好きかって。
不安抱えたまま付き合うのはお互いのためにもよくないべ」


トムさんは俺の頭をひと撫ですると、まぁ頑張れ
そう言って席を立った

いつも相談に乗ってもらってるトムさんには悪いが、俺は臆病者だ
俺のこと好きか?の一言が難しくて、伝えられずに居る
笑顔は見せてくれる
でもあいつは誰にでも平等に優しさを分け与えるような人間だ
俺だけに笑顔を見せるわけでもねぇし、
もしかしたら、俺以外でもよかったかもしれない
そう考え出すと止まらなくて、俺は苛々しながら町を歩く


「やめてください」


そんなときにふいに声が聞こえた
聞き違える筈のない確かなあいつの声で、「やめてください」と一言
今の声の大きさからあまり遠くではないことを推測し、
俺は辺りを見渡す

すると、近くで数人の男に絡まれてるあいつが居て
俺は今まで悩んでたこと、苛々していたことなんかもうどうでもよくなってあいつの元へ駆けていった

もう、どうでもいい
あいつが誰を好きかなんて
どうでもいいんだ
もし、あいつが俺以外を好きならこっちを見させればいいだけだ
俺は確かに臆病者だが、
でも譲れないものは譲れない
あいつだけは、手放せねぇんだ


「やめてください」

「いいじゃん、君ここらふらふらしてたよね?遊ぶ相手探してたんじゃないの?」

「ち、ちがいます。人を探してただけです」

「じゃあ、俺たちも一緒に探してあげるから一緒に「そいつの手を放せ」


人を探していた。
綺麗な金髪をしてサングラスを掛けたあの人を…
あの人に会えるのは、お互いに仕事や学校があるから大体夜
でも、なんだか教えてもらった携帯に電話を掛けるのは、
彼に悪い気がして、いつも夜出歩いて彼を探していた
どこに居るんだろうって思いながら、
彼のことだけ考えて、必死に探していた

そんなところに絡まれてしまった

何度も拒否しても、ジリジリと近づく男の人たち
同じ男性でもあの人とは全然違う

そう思うと、やっぱり私にはあの人しか居ないんだと結論付く


そう、そんなとき
私の手を掴んでいた男の腕を彼が力強く握ったのだ


「しずおさんっ」

「大丈夫か?」


息を切らして着てくれた
私を助けに来てくれた
それだけでも十分なのに、ものすごい心配をされて
私は今、どんなときよりも幸せで
彼に会えたことがとてつもなく嬉しかった


「てってめぇ…まさか平和島静雄か?」

「だったらどうした?」

「ひぃっ」


そう言い残して、私に絡んでいた男の人たちは足早に去って行った
しずおさんを見ると、今まで見てきたことのない表情を見せるしずおさん
心配そうにサングラス越しに見つめてくれるその瞳が好き
優しく私を抱きしめてくれるこの腕が好き
そして何より「無事でよかった」その一言をくれるしずおさんが好き
全部全部が愛しくて、私の目には涙が溢れる


「だっ、大丈夫か?怪我したか?怖かったよな?」


私の涙を拭う静雄さんにただ一言


「好きです。大好きです。」


静雄さんは目をぱちくりしながら、でも次第にその頬を赤くさせて私にただ一言


「俺もお前以上にお前が好きだ」


言えなかった
好きの一言
聞けなかった
好きの一言

ようやく全部が繋がって、その思いは愛しさへと変わった


「お前はさ、俺の傍に居て幸せか?」


そんな当たり前のことを聞くしずおさんが堪らなく愛おしい
彼に思いっきり抱きつくと、優しく抱き返してくれる
だからそれが嬉しくて嬉しくて堪らなくて
私はまた彼に恋する日々を送るのだろうと頭の端で思った


「幸せです。とても」


「そうか」


子供みたいに笑うしずおさんを見たのは初めてで
これからもいろんな彼の初めてを見ていたいと思う



【【好きより、大好きより、愛してる】】



(今度、デートしねぇか?無理じゃなければ)
(…っ、よろこんで)

《貴方と居ることで、初めてが増えてくる》




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企画サイト「High school girl」さまに提出






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