愛は惜しみなく与う
短編




明るい彼女が居て、
豪快な大将が居て、
初心で熱血な旦那が居て、
俺様が居る

みんなで笑って、稽古して、お茶をして、
旦那が団子ばっかり食うのを俺と彼女で必死に止めて
それで毎日が回っていた

それが俺様にとっての当たり前で、当たり前が壊れるなんて思いもしなかったし
壊させないとずっと思っていた。それが普通で日常の筈だった
けれど、俺が今目の前にしているものは非日常の何者でもなく、
ただただ、現実が俺の目の前に叩きつけられた


「ねぇ…どうしたのさ」


樹林の中にポツリと倒れてる彼女を見て、
俺様はしばらく固まった
夢でも見てるんじゃないかとも思ったけれど、
目の前で聞こえる彼女の苦しむ声はあまりに現実的で目の逸らしようがなかった
近づかなくても臭う、血液の臭い
見て分かるのは、辛うじて意識がある彼女の腹部に刺さる苦無
苦無を使うということはどこか他の軍の忍にやられたのだろう

そこまで考えると、ふいに彼女が小さな声で俺を呼ぶから
その声にやっと俺は正気に戻り、すぐさま彼女の元へ駆け出した


「さ、すけ…」

「死なないでよ、ねぇ。俺様置いてかないでよ」

「ふふっ…わかって、る…でしょ?この傷じゃあ…助から、ないことぐらい」


途切れ途切れに放つ彼女の言葉をしっかりと拾う俺に優しく微笑む彼女
なんでこんなときに笑うのかなぁ
なんで、そんな優しく見つめるのかなぁ
そんな顔されたらますます、離れれなくなる
忍に心はないはずだった
あくまで淡々と…
そのはずだったのに、全部この人が狂わせてきた
その本人が死んでどうすんのさ

自分の無力さに腹が立つ
人を殺すことはできても、人を助けることができないなんて
なんで、どうして彼女は死に逝くんだろう


「ねぇ、お願いだから。置いてかないで」

「ば、か…もう、傍にいて、あげな、いんだから」

「そんなこと言わないでよ」

「最期に、ひとつ…だけ、わがまま…言わせて…?」


苦しそうに顔を歪めながらも、
でも必死に笑う彼女に、幼い頃に涸れたはずの涙が流れる
こういう感情ってどういうんだっけ
悲しいだっけ、苦しいだっけ、寂しいだっけ
とにかく、胸が苦しくて苦しくて堪らない


「さい、ご…くらい。わらってよ」

「笑えるわけないじゃん。なんであんたは笑えるんだよ」

「わらって、逝きたい、の…」


「ばかっ…」


「     」


最期に彼女は一言残して、静かに逝った
彼女の逝く姿は、まるで花の散り際のように
あっけなく、そして綺麗なものだった

最後まで笑っていた彼女
彼女の笑顔は誰よりも美しくて、綺麗だった

そんな彼女の逝ったあとのこの世界は、
俺にとって色が消えた世界としか思えないけれど
でも彼女の言葉が染み付いて消えないのは事実で、
確かに彼女の命はこの世に在ったと感じることができる

ねぇ、俺様もさ
いえなかったことがあるんだよ
忍だからとか、心を持っちゃいけないとか、
そういうのを理由にずっといえなかったことがある
ただ怖かった、あんたがその一言を言うことで居なくなっちゃうんじゃないかって
でも、結局あんたが逝っちゃうなら言った方がよかったって後悔してる

悔やんでも悔やんでも悔やみきれないから
いつかきっと、死後の世界があると信じて、
そのときに伝えるから

俺様を待っててよ


ねぇ


「愛してる」


「愛してる」






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企画サイト「最期の恋は叶わぬ恋となり散り果てた」さまに提出







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