愛は惜しみなく与う
短編



ポケットの中にしまいこんだ温もり




はぁ

ひとつ息を吐くと、周りには白くなった息が見える
そんな季節が今年もやってきた
夏の時期は暑い暑いとわーわー言いながら、
幸村と扇風機争奪戦をやっていた

そんなことを思い出してくすくすと笑いながら、
冷たくなった左手を、コートのポケットに突っ込んでいてまだ温かい右手でさする
でもなかなか温まらなくて、手袋を持ってくればよかったとひとつため息を吐いた


「ため息なんかしてたら幸せ逃げるよ」


背後からすぐに誰だかわかる声が響く
誰だか分かる理由は、
ただ単に私に声掛ける人物は彼ぐらいしか居ないと私が思っているからか
それとも彼の声だからすぐに分かったのか
どちらにしてもその答えを彼は知っているんだろう


「私のため息は使いきった幸せを吐いて、新しい幸せを取り入れる為の準備なの」

「へぇ、そうなんだ。っで、幸せはちゃんと取り入れられたみたいだね」

「なんで?」

「だって俺様に会えたでしょ?」


自信たっぷりで、しかも意味深な笑顔を私に向ける佐助
少しだけ憎らしいと思うけど、でも事実なので無視を決め込む
そんな私に機嫌よくする佐助
こいつには何をどうやっても分かってしまう
そんなにバレやすい顔してるかなぁって不安になる


「バレやすいっていうか、俺様だから分かんの。これは俺様の、否恋人の特権って奴?」

「…読心術」

「だからそんな高等な技じゃないって」

「嘘だ」

「ほんと、好きな相手のことなら分かるよ」


思えば佐助は昔から聡い人だった
私が泣いていれば絶対に一番に現れるのはこの人
私が落ち込んでいるときに欲しい言葉をくれるのはこの人
私が泣いているときも、落ち込んでいるときも、苦しんでいるときも
怒っているときも、笑っているときも、楽しいときも

すべての感情を分かち合ってくれたのはこの佐助だった

そんな彼を好きだと気づいたのは最近だったけど、
でもきっと気づいてないだけで私は昔から
佐助が、佐助だけが大好きだったと思う

幸村や政宗、慶次や元親
周りにたくさんの友人やそれなりのアプローチをしてくれる人は居たけど
でも私が手を取ったのは佐助の手だった
きっとこれが私の最初で最後の恋になるんだろうなぁとそんなことを考えてしまった

だってこれ以上好きになれる人に出会えないと思う
彼以上想える人が居るわけないから
そんなことを考えている私にきっと気づいているのか、
私を横目で盗み見つつ口笛を吹く佐助


「ねぇ、今さ俺のこと考えてたでしょ?」

「なんで?」

「俺には分かる。他の人のことは分からないけど、あんただから全部分かるんだよ」

「私も分かるよ」

「え?」


「今の佐助は幸せだって顔してる」


なんとなく思ったから言った。
昔、初めて会ったときの顔が嘘みたいに明るくなった
昔は本当に死人のような目をしてたから
今はきっと幸せなんだと私は思う


「分かっちゃった?知ってる?俺が今幸せなのは、あんたのおかげなの」

「なんで?」

「あんたが俺に声を掛けて、誰も声掛けない俺に対して初めて優しくしてくるから、
俺はあんたから目が離せなくなったでしょ。責任とってよ」


悪戯っ子のような目つきで微笑む彼を見てたら、
ぎゅぅと胸が苦しくなって
私はなんとなく、なんとなくだけど佐助の手を握ってみた
そうすると佐助は当然かのように、私の手を強く握り返してくるから
私はその感覚にまたぎゅぅと胸が苦しくなる

恋すると人は馬鹿になるって本当かもしれない
こんなにも好きな人の手を握ることが幸せだったなんて考えもしなかった


「あんたの手は冷たいね」

「佐助はあったかい」

「じゃあこれからは俺があんたの手を握る。温かさも、冷たさも一緒に分けあっこ
そして、喜びも悲しみも全部全部半分にしていこうよ」

「じゃあ、佐助が辛いときは私がその辛さを半分もらう。だから私が辛いときは半分辛さを貰ってくれる?」

「当たり前でしょ?俺様を見くびらないでよ。俺様あんたを離す気ないってしらなかった?」


勝気な彼も
無邪気な彼も
優しい彼も
怒った彼も

全部が私に向けられた表情だと思うと嬉しくて堪らない

だから

弱い私も
泣き虫な私も
怒った私も
時折あなただけに見せる表情も

隣で受け止めて欲しい


会社からの帰り道に、
彼のポケットの中で手を繋いだその左手は、
もともとポケットに入れていた筈の右手より、
あたたかく、胸までをもじんわりと熱くする温かさだった


気づけばほら、寒さなんて感じない





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小説企画サイト「OZ」さまに提出






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