泣きっ面に蜂蜜




日の出間もないまだ肌寒い早朝。

布団の温もりに後ろ髪をひかれながら階段を降りる。
戦国武将は早起きで、六時には朝飯を要求してくる。
風魔さんと支度するのが日課となった今、台所へ向かえばいつものようにふわりと味噌汁の香りが

...しない。
焦げ茶のエプロンが妙に似合う風魔さんが台所にいない。

無人の台所は寝る前に確認したそのままの姿で、ただひんやりとした空気が空しい。

いやいや。じゃあ風魔さんはどこに。

ひとしきり家内を静かに探し、ふと思いあたって部屋に戻った。

ベッドを見れば、淵ぎりぎりのところにこんもりと盛り上がりが。
起きる時気づかなかった。気配消してたりしたんだろうか。

「風魔さん、どうしましたか」
ゆさゆさと上から押してみる。
返事がないのでそっと掛け布団を捲った。

長く伸びた長い前髪に隠れる頬は赤く、汗の珠が浮いている。
一応、でこや頬に触れてみるが、体感で37、8度はあるだろうか。
は、は、と浅く息をつく風魔さんは間違いなく風邪をひいていた。


すぐに下へ戻り、蒸しタオルと飲み物を準備。鍋に水を沸かす。
...ただの風邪んときも加湿した方がいいんだったかな...加湿器も出しとこう。

しゅんしゅんと沸騰の音がする。
火を止めてマグカップに葛湯をこさえ、盆に載せた。

再び部屋に戻ると、上体を起こし周りをふらふらと見る風魔さん。
「あ、こら 寝てて下さい。風邪です」
「...か、ぜ」
「間違いなく風邪です。腹減ってませんか?」
「......」

否定の首振りもふるふると力ない。
「とりあえず少しでも飲んで下さい。葛湯、飲めますね」
マグカップを見せると差し出された手をやんわりと制し、目前にスプーンを差し出す。
「ほら、口開けて」
「...自分で、食べられ、ます...」
「いいから」

じっとスプーンを睨み付けていたが、ゆっくりと薄い唇を開く。
丁度良く冷めた葛湯を一口、二口、三口。

ぱくぱくと口を開く姿はまるで雛鳥のようで可愛らしい。
...普段より風魔さんが小さく見える気がする。


マグカップが空になったので錠剤を手渡した。
受け取ってしげしげと眺めていたが、毒じゃないですよ、と告げれば躊躇いつつ口に含んだ。
弱っても忍か、と口元が緩む。

ばりぼりと風邪薬を噛み砕く風魔さん。苦いのか眉間に皺を寄せている。

水を手渡せばこくり、こくりと逞しい喉仏が上下し、コップを空にした。


「じゃ、体拭きますね」
「...?」
「汗かいて気持ち悪いでしょう?風呂入る訳にもいかないし。ほら、布団よけますよ」
掛け布団を寄せ、前合わせを広げる。
肌はやはり湿っていて、寝間着もじっとりとしている。古傷がたくさんついた筋骨隆々の上半身を露わにして、蒸しタオルで拭っていった。

「痒いとことかありませんか」
「...いえ」
喉からくふぅ、と聞こえる。

喉元から胸元、脇、腹、と手早く汗を拭い、新しい寝間着を着せた。よし。

「あとはとにかく寝て汗かいて下さい。また拭きに来ます」
「...それは、己が」
「駄目です。こんな時くらいは世話させてください」
「...己が」
「駄目」
「...」
勝った。

文句ありげな風魔さんを尻目に、冷却シートのフィルムをべろりと剥がす。
「これ、でこに貼ります。ひやっとするけど剥がしたら駄目な」
シートが触れる時にふるりと身震いした風魔さんがどことなく可愛らしい。
何度もシートに触れては不思議そうに首を傾げていた。

「じゃ、なんかあったら呼んで下さい」
「...御意」

首もとまで布団を被せなおし部屋を出る。




居間に戻ると眠そうに目を擦る元親と政宗が食卓についていた。早えよ。

「Good morning 大和!」
「くぁ...ふ...寝坊か?大和」
「あれ、片倉さんは?」
「外で鍛錬してるぜ」
「元気なんだなあの人も」
「なあ、風魔は?」
「あぁ...風魔さん、風邪ひいた」

ぱちりと目を見開く二人。

「...perdon?」
「本当にか?」
「まだ引きはじめだな。部屋近付くなよ」

はーいと了解の声を背に受け、朝飯支度を開始した。




昼。
様子を見に部屋へ戻る。
ぬるくなったのであろう冷却シートがくしゃりと丸められて机に置いてあった。

そっと布団を捲ってみると、頬は赤くなり吐く息も先程より浅い。
額に手を当てる。熱、だいぶ上がってるな。


薄く目が開かれる。
「おはようございます。何か、欲しい物ありますか」
「......」
もぞ、と口元が言い淀んだ。
なんですか、と問いかけるのを我慢して待つ。



「......側に、」
たっぷりと間をあけて、ぽつりと一言。

裾を力なく握られる。

「己...の、側に」

驚いて目を見れば、涙の膜が張った双眸で縋るように見つめられる。

裾を握る手を解き、きゅ、と握りしめる。

「ここに、居ますよ」
「......」

確かめるようにもぞもぞと指を絡めたが、空いている片手でそっと頭をなでれば目を細めて微笑み、すうっと眠りに落ちていった。


鍛錬から戻ってきたんだろうか、部屋の外から呼ぶ声がする。

あいつらには悪いが、もう少しこのままで。





翌日。
ひどい頭痛で目が覚めた。
ふわふわとした眩暈、苦しい喉、悪寒。
すっかりよくなった風魔さんが起きるなり状況を把握したらしく、土下座と切腹懇願を始めた。
勘弁してくれ.....


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