牛蒡味の接吻 片倉サイド

大和を殴っちまってから今日で七日になる。
頭冷やして冷静になってから俺がずっと気まずく思ってたが、一緒に風呂入りましょうとか抜かしやがる。読めねぇ奴だ。


長曾我部も風魔も政宗様も出払っている。
もうすぐ帰る頃だろうか。夕餉支度を、と思った今日の飯当番は大和。
する事がなくなり、ぼんやりと斜陽を眺めていたら厨から声が掛かった。

「片倉さん、お暇ならお手伝いお願いできますか」
「か、構わねぇ。何だ?」
「夕飯の支度、2人の方が早いでしょう?」

大和の宵闇のような眼に射竦められる。
眼窩に収まる両の眼は陽の光に当たれば鳶色に輝く。
…その眼に見惚れたのかもしれねぇな。

大和と目が合う度に、躯の底まで見透かされるようで心の臓が跳ねる。
気付かれちゃいねぇかと毎回心配になるんだがな。生娘みてぇで情けない。

「片倉さんがいたら助かります。…なんでこう武将はみんな料理出来るんだ…」
厨へと向かえば背中越しに話しかけられた。隣に並ぶ。
大和の戦なんて知らねぇ細くしなやかな指先が鮮やかな包丁捌きで野菜を刻んでいった。

「そういう割には手馴れてるようだが?」
「一人暮らしで飯がひもじいのは嫌でしょう?」
「違いねぇ」

刻む手は止まらない。
初めてこいつと会った時は掴み所のない食えねぇ奴だと思っていたが、どうやら違うらしい。

「で、俺は何を手伝えばいいんだ?」
「ああ、じゃあ牛蒡の灰汁抜きお願いします。冷蔵庫に入ってるんで」
「わかった」

ふつふつと煮立つ鍋の前に立つ大和の横に立ち包丁を掴む。
この世の厨は狭い。俺と大和が並べば自由に行き来できねぇほどだ。
それを伝えれば「これでも広い方なんですよ?安芸、っと…兄の部屋のはもっと狭かったでしょうに」
なんて笑われた。


ふと、こちらに視線を感じて手元から顔を上げる。
じっと顔を見られている。聞いてみれば顎の傷が気になるらしい。
…政宗様をお守りした時の傷だ、と素直に言おうと思った。
これのせいで餓鬼に泣かれる、とも。
喉元まで出掛かって、鳶色の目に吸い込まれるようで言葉を詰まらせた。

「…あ、あ…昔、な」
「そうですか」

やっとのことで搾り出した言葉は拒絶と取られたらしい。
すっと視線が逸らされて、引き止めたいやら、自責の念やらが浮かんでは消えた。
もう興味は無いとばかりに処理されたのが妙に辛かった。
下がっていく自分の眉を引き締め、牛蒡の水気を切ることに没頭した。

気まずい空気のなか、水気を切った牛蒡を大和に手渡し、ほうれん草の胡麻和えを作る。



さらりと醤油を回しがけ、完成。
隣を見ると味噌を溶きひと煮立ちさせていたところだったので、味見を頼んだ。
流れるような手つきで手渡される。
そのまま一口。旨い。さも自分は料理下手とでも言うような口調だったが十分だ。
率直に旨かったと告げれば、ふわりと花が綻ぶように微笑まれた。
ただ、見惚れた。



俺が呆けている間に、大和の手が頬傷に触れていた。再び言葉に詰まる。
「詳しく話してくれませんかね、ここの」
つつ、と傷をなぞる指先に咄嗟に言葉が返せない。
お前は怖くねぇのか、とか、さっき言おうとしただろうよ とか。

ゆっくりと噛まねぇように経緯を話した。
相変わらずの無表情だったが眉間に皺が寄っている。
話し終わり、無言。


大和の眉間の皺がふっと緩み、頬を撫でられる。
眼窩の宵闇がじっと俺を見ている。
ああ、呑まれそうだ、と思った時には接吻をしていた。
ふと我に返れば大和の顔が目前に。ああ、柔らけぇな、なんて頭は妙に冷静だ。

とりあえず謝罪の言葉を、俺は何をしているんだと慌てた。
「片倉さん」
もし嫌われでもしたら。あの宵闇がもう俺を映さないんだとしたら。
「片倉さん」
ああ、何だよこんな時に。放って置いてくれ頼むから。

たっぷりと三拍ほど置いて、大和が口を開いた。
ああ。俺を突き放すか。軽蔑するか。もういっそ殺してくれ。いや、自分で腹を切る。さあ、早く切腹の許可を。

「あの、牛蒡の味がしました。あと味噌。」




…そうかよ。

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