ストロボライター

「そうですね」
「そうなんですか」
「はあ、なるほど」
「はいはい」
「へぇぇそれはそれは」

「...由良、聞いてるのか?」
「あーなるほど。...え?」
聞いてませんでした。

「つまらん話を長々聞かせてしまったようだな。すまない」
「いやいや!いや!違うんです!」

まともに聞いていられるはずがない。
かたく握られた少し温度の低い手に全神経を集中させている。
そのかすかなぬくもりとがさついた感触を死ぬまで忘れまいと記憶している真っ最中だ。我ながらなかなかに気持ち悪い。


先輩と少し距離をおいて歩く夜の街。
太陽が星空の中に隠され、ただただ濃紺で覆われた街の並びに点々と電灯だけが立ち並ぶ光景は、先輩がいるだけで見慣れているはずなのにどこか異様だった。

明滅する信号を早足で渡る。先輩の爪先が交差点の破線に触れると、アスファルトにすべる冷たい夜風は立ち並ぶ家の隙間に姿を隠してしまった。

「そら、もうすぐ儂の部屋に付く。家はどのあたりだ?」
来た。
「あの、その件なんですが」
「いやぁ、知らなかった。まさか儂の住むアパートが通り道だったとはな!」
言ってない。言ってないです先輩。

「と、隣町...です」

止まる先輩。

「となりまち」
「はい、柊町です」
「それを早く言わんか!もう終電もないではないか!」
「いやあうっかり」

先輩にひっぱられてましたからなんて言えないし、言わない。

「仕方ないな」
「その辺でタクシーでも、」
「狭い所だが、今夜は泊まっていくといい」

「えっ」

「タクシーでは高く付くだろう。嫌でなけ「いえ泊まって行きます
...そうか」

即答。
明日は全休。予定も一切入っていないはずだ。
ゆっくり部屋を片付けて作り置きのおかずでも増やそうかとスケジュールを調整した二週間前の自分を篤い抱擁と激励で褒め称えたくなった。

そういうことなら、と緩んだ手をかたく握りなおして夜道を急ぐ先輩。なかば引っ張られるようなかたちでそれを追うこの時間を少し勿体なく思った。





「さあ、ついたぞ」
「お邪魔、します」

魔窟、突入。

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