真夜中の猛禽類

「やめたら」
「何を」
「たばこ」

元親の口から白い輪が放たれる。
そう広くない元親の自室(1DK、家賃それなり)は煙草の匂いですぐに満ちてしまう。
換気をしようにも外は猛吹雪で冗談でも窓を開ける気にはなれなかった。

「何だよ、心配してくれんのか」
「いや、俺が煙草くさくなるのやだ」
「けっ」
「拗ねんなって」


拗ねてねぇよ、と口を尖らせながら灰を落とす元親。
課題をすべて片付け、時間にも追われない有意義な冬休みだというのに、二人は炬燵の中で怠惰に時間を浪費していた。

夕飯は鍋をした。発泡酒を3缶ずつ開けた。
特に話すネタもなくTVに目をやるが、調子を少し外したような歌声が流れるばかりだ。

立ち行かなくなった部屋の空気に耐えかねて、唸るように打開策を絞り出す由良。
「さ、散歩行こうよ」
「このクソ寒いなかをか」
「ごめんなんでもない」

即棄却。鮮やかな論破であった。
胡座をかいていた足を崩す。

「でもさ、もう寝るしかなくなっちゃったじゃん?」

ふわふわと柔らかい炬燵布団が裸足の踝を擽る。そのまま伸ばしていくと元親の爪先が触れた。

「なあ、何とか言えよ」
「毎日、」
「うん?」
「毎日顔付き合わせてりゃな、ネタもなくなるっつの」

ゆっくりと由良の爪先を元親の爪先が器用につまみあげていった。

「ちょ、それ痛い!痛いってば!」
「はっは!」
「ドSめ」
「涙目で言われてもなぁ」
「にやつくな馬鹿!」
「おっと」

由良の反撃を難なく躱す元親。
がたんと大きく揺れた炬燵上の空き缶を支える。

「お見事!ワザマエ!」
「お前本当忍殺好きだな」

最近はまったらしい小説の台詞を軽くいなす。
そうそうないくらいにはまったらしい由良は先週まで昼夜問わず登場する台詞が口をついて出るほどだった。
あまりにしつこく勧められるものだから元親も読んでみようとしたが、本屋ではどこも売り切れ、勧めた本人はけろりとして人に貸していると言う。
生殺しも甚だしい状態の元親はその小説の台詞を聞くだけで少し不機嫌になるのだった。

「アバーッ」
「わかったっての」

フィルタぎりぎりまで灰になった煙草に気づいた元親は、吸殻を灰皿にねじ込み口腔いっぱいに残る煙を一息に由良の顔へと吹きかける。

「うぇ、馬鹿何すんだよ」
「仕返し」
「お前なぁ」

噎せるふりをする由良。睨みつけるが犯人には全く効果がないようだ。
苦し紛れに反撃の呪文を唱える事にした。
「元親知ってるか」
「何だ」

新しい煙草に火をつけながら応じる。

「男が男の顔に煙吹きかけるのはな、今夜お前を抱くって意味らしいぞ」
「なっ」


効果はてき面だった。
鳩尾を抑え咳き込む元親。
「ふっふーん」
「...どこで聞いたんだそれ」
「昨日政宗がツイッターで」
「あいつも大概だな」
「俺はそれリツイートした」
「...」

複雑な顔で由良を睨む元親。どこから湧いたのが自分の手柄でもないのに余裕しゃくしゃくな由良。


元親はじっと手元の煙草を睨む。

「そうかそうかお前は俺を抱きたいのかー困っちゃうなー嫁にいけなくなるなぁ」

由良はここぞとばかりににやにやと畳み掛けている。

「いくら彼女いないからって俺に手出すとはなぁ!まあその目は認めてやるよ俺いけめんだからな!あれ、元親さん?元親さーん」

にやにやと元親の顔を覗き込んだ由良の顔に、不意にふたたび煙がかかる。

「っぶ、え、なに」
「 ...お前がさっき言ったんだろ」
「えっ、え?」
「男が男に煙ふっかけんのは『今夜お前を抱きてぇ』の合図なんだろ?」
「...っ!?」

困惑と羞恥がないまぜになって由良の顔に上る。目の前の男は猛禽類のような目でニヒルに微笑んでいた。

「元親、あの、元親さん?っちょ、お前煙やめろって!」

暴れる由良を片手で抑え、なおも煙を吹きかける元親。

乱れる髪の端に覗く由良の形のいい耳が真っ赤に染まっているのを確認して、あとひと押しだと確信を得る元親。

「彼女がいねぇ理由考えた事ねぇのかよ」
「はぁぁ?!っえ、いや、それって」

混乱の渦に突如放り込まれた由良。諸悪の根元が政宗な事に気付くのは、床に転がされ鎖骨を甘噛みされてからである。


吹雪はまだ止みそうにない。

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