私はただ静かに読書をしたいだけなのだ。
心を落ち着け知識を深める。その魅力に気付いてしまってからは、何かに取りつかれたように本を読み漁っていた。
だがそれを面白くないと思ったのか、毎日邪魔をされている。
あの人に見つからないようにとキクラゲの小屋へ行き椅子に腰かけた。
ここならばゆっくり出来るだろう。
思わずにやりとしているとキクラゲが足元にすり寄ってきた。
喉を擦ってやると漏れだす声。
可愛いなぁお前はなんて言いながら遊んでいるといきなりドアが開き、赤ちゃん言葉が聞こえてきた。

「ご飯でシュよー」

「うわっ」

「あ」



ばっちり目が合ってしまった。
煙さんはその場にしゃがみこみ、草むらにキクラゲにあげる餌が乗っている皿を置く。
その隙に逃げようとして立ち上がったのだがその思惑は呆気なく打ち砕かれた。「待て」

手首を引っ張られた勢いで転んだうえ、座った場所は煙さんの脚と脚の間。

「やっと見つけたんだから逃げんなよ」

獲物を捕まえて満足したのか、内蔵が出てしまいそうなくらいきつく抱き締められた。
こうなってしまったらしばらく離してくれないことは目に見えている。
子供にしてやるように背中をゆっくり撫でられる。
私たちに似合わない甘ったるい空気だ。
邪魔されたのは実に不満だが、この行為は嫌じゃないと感じている自分がいる。
だけどひとつだけ嫌なこと。
スーツの内ポケットからおもむろに取り出し火をつけているまさにそれである。
深く吸ってからため息のように吐き出される煙は、独特の香りを放ち私におそいかかる。

「やめて」

「何をだ」

「タバコをだ」

鼻の奥にツンとくる感覚はいつになっても慣れることはない。

「眉間に皺寄ってら」

楽しそうに笑う煙さんはあろうことか、私の顔目掛けひと吹きしたのだ。
左右に頭を振ってみるがまとわりついてなかなか離れてくれない臭い。目と鼻の先から吹かれたので目に染みて涙が滲んできた。

「いやっ、だ」

思いっきり睨むが返事が返ってこない。
表情が固まり開いた口からタバコが落ちた。
燃え移ると危ないから踏んで火を消す。
その目線を反らした数秒で距離を詰められた。

「なんかヤってるときの顔みてぇだったからムラっとしてきた」

煙さんが耳にかじりつく。
遠慮なく歯を立てられ、食いちぎられるかと思えば丹念に舐められる。
ぬちゅりと聞こえてくる音が、意識しなくてもそういう気持ちにさせた。
ご飯を食べ終えたキクラゲがこちらに向かってニャアと鳴く。
本の続きを読むのは明日になりそうだ。
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