三成 | ナノ


「何度も言いますが、私は有益な情報を何一つ持っていませんよ」

「三成に重臣と変わらんほどに信頼されているのにか?」

「そんな情報、私が初耳ですよ。私は石田軍のしがない武将というだけなのですが」

「ははっ、なかなかだな。まあ、しかし、情報を持っていても言う筈がないだろうな」

「……そう思うのならとっとと私を解放してください。お互い時間の無駄でしょう」

「それは駄目だ。お前は今、我が軍の捕虜だからな」

「……貴方は元々分からない人でしたがここ数年で大概強情で頑固にもなりましたね」


現在私は訳あって徳川軍の捕虜となっている。捕虜と言っても手枷もなければ足枷もない。さらには牢に放り込まれているわけでもない。ただ武器を取り上げられ、徳川殿の近くに控えているだけ。食事もいたって普通のものを出されている。毒でも入っているのではと疑ったがその心配も今ではする必要がないということが証明されている。これでは捕虜という言葉に語弊が生じるのではないかと私が不安になる。

しかし迎えがくることなど最初から期待していない。豊臣軍では弱兵は切り捨てられ、捕虜なんか廃れ置かれるか敵軍と共に殺されるだけだった。石田軍ではどうだか知らないが。まあ、たいして変わらないだろう。でもこのままじゃ埒があかない。仕方ない、早々と解決策へと移ろう。


「徳川殿、一切刃を向けませんから私の小太刀をください」

「ん?何に使うのだ?」

「自刃します」

「駄目だ」

「いやいやいや、何故徳川殿に決められなければいけないのですか。私も武士です。自分の死に方は自分で決めます」

「それとこれとは関係ないだろう」

「あります。大いにあります。むしろ武士だからこそ関係あります。今なら介錯役はいりませんよ」

「駄目だと言っているだろう」

「なんでですか!私が良いって言ってるんですよ!?なんなら今すぐ徳川殿に咎無しという遺書も書きますよ!?」

「はははっお前は面白いことを言うな。だが、自刃は駄目だ」


戦況に自分が不利益な存在となるのなら武将としてはそれを考えるのが当然のことだろう。自軍に不利なことを洩らすくらいならば自刃せよ。なにより幼い頃より言いつけられてきたことだ。自らが敬い慕うに値する君主を持っているなら尚のこと。だからここぞというときの覚悟は出来ている。そして私は武士であり、仮にもあの石田三成と婚姻を結ぶ予定でもあった。だから真っ先に本田殿に狙われ捕虜とされたのだろうが。だからこそけじめをつけなければ気がすまないのかも知れない。私のせいで石田軍の歩みを遅くさせるわけにはいかない。

政略結婚だったとは言え、彼は秀吉様や半兵衛様から言い渡されたことだけにいつも通りの無愛想で秀吉様を盲信する姿勢は変わりなかったけれど私をこれと言って蔑ろにするわけでもなかった。三成の側にいるのはどこか心地よかったのだ。しかし、その婚約者として彼がいまや最も憎んでいる存在に私は捕虜にされている。これは彼にどれだけの傷を残すのか。出来ることなら急いで帰りたい。だけど徳川殿は私を逃がすつもりもないし、今は返すつもりも死なせるつもりもない。なんと残酷な男だろうか。絆という言葉を吐いたのと同じ口で自軍の絆を護る行為をさせてくれないのだから。

彼は捕まった私を愚かだと罵るだろうか。捕虜になった私に潔く死ねと叫ぶだろうか。彼の口からとてもそんな言葉を聞きたくないと思ってしまう私はいつのまにこんなに弱くなったのだろうか。当然のことを当然として実行すら出来なくなる前に私はせめてもの意思としてこれを伝えてやろうではないか。


「三河狸がいい気にならないでくださいね……!」


精一杯の笑顔で告げた数秒後、徳川殿はけらけらと笑っていたが何処からか本田殿の駆動音が聞こえてきたので心臓が縮んだ気がした。



101007/ title たかい
まさかの三成が出ない罠