妻として、戦場へと向かう夫の背を護りたいと思うのはいけないことなのでしょうか、と苦しげに呟く姿に、なんで?いいことだと思うよ、と告げると彼女はまんまるく目を見開き、そして堰をきったようにはらはらと涙を溢した。側に近づいて、泣いたら体に障るよ、という言葉と共に背中を擦れば声を殺そうとし嗚咽ばかりが出てきた。不安になっとも我慢ばかりするそんな健気な姿が愛しくてただその荒い呼吸を大人しくさせようと背を擦り、とんとん、と小刻みに叩いた。 ぐすり、と鼻を啜りながら目を真っ赤にした姿に、もう大丈夫?と問えば、はい。もう平気です。ありがとうございます 、という小さな声が聞こえてきて思わずくくっと笑ってしまった。笑う振動が伝わったのか、お恥ずかしい所をお見せしてしまい、申し訳ありません。と恥ずかしそうにはにかむ姿に胸がくすぐられる。なんで泣いたの?と聞けば、ふふっ、と困ったように眉を寄せるものだからあまり聞かないでというのが少なからず伝わる。 でも俺様旦那さまだし!と開き直って、なぁに?と言いたげに首を傾げると、佐助さまは意地悪です、と言って頬を膨らませた。たいしたことではありませんよ、と前置きをする彼女に続きを促すように頭を撫でてやる。 「佐助さまは、お市さまをご存知ですか?」 「あの織田の妹君の?」 「はい」 古くからの友人なのです、と彼女は笑い、自らの指先をきゅっと握った。 「お市さまはとても一途で美しい方です。そして戦場では浅井さまの背を護っていらっしゃいます」 「うん」 「それは今のわたくしには出来ぬことです」 「…………」 「それが、…っそれが悔しくて悔しくて仕方がないのです」 両の手をぎゅううっと指先が真っ白になるくらい握ったのが目に入った。もうすこし身体が丈夫ならば、頭がよければ、器量がよければ、素直ならば……挙げればキリがありませぬ。そういって一度目を閉じ、顔を上げ、ゆっくりと目を開け、こちらを見た。 「わたくしは自信がないのです」 いつ佐助さまに愛想を尽かされてしまうか、不安で不安で仕方がないのです。この戦乱の世にはわたしなんかとは比べ物にならないほど器量良しな女性がたくさん居ります故。比べるまでもないのは存じております。似つかわしくない存在のわたくしがこのまま佐助さまの隣に居ても良いのかと怖くなったのです。これがお恥ずかしい所を見せてしまった理由で御座います。しかし、お慕いする気持ちは誰にも負けるつもりはありませぬ。了見が狭いことも存じております、しかし、これだけは譲れぬのです。佐助さまのお側を離れたくないのです。 そう言って唇を噛み締める姿はいじらしかったが、同時に馬鹿じゃないのかと思った。 ねぇ、勘違いしすぎだよ?前に比べたら体調はすこしずつ良くなってきてるし、あんたは今のままでも十分すぎる器量よしだし、織田の姫やどっかのくの一なんかに負けないくらい俺様には愛らしく見えるよ?知らないと思ってるだろうけど、俺様が任務に行ってる間に女中たちの目を掻い潜って書庫に通ってるのも知ってるし、それに俺様ね、はいはいって言うこと聞いてくれる子は一緒に居て楽だけどさ、世話焼きで苦労性な俺様の隣に居る子ならちょっと素直じゃない頑固で我慢上手な子がいいし、そのほうが可愛いと思うんだ。俺様がこんなこと考えてたって知らなかったでしょ。ねぇ、いくらあんたでもこれで分かったでしょ? 「俺様、あんたにベタ惚れしてんの」 だからあんたが泣く必要なんかないよ、お馬鹿さん。ここまで言わせたんだから、あんたは俺様に護られててよ。 |