夢 | ナノ


いろはは人の表情から考えを読み取るのがとても上手な子です。彼女は戦闘能力がこれといって高いわけではありません。男女の力の差というものもあるかもしれませんが、いろはは基本的に危害を加えることを好みません。

犬といろはが二人で珍しく言い合いになって犬に手を噛まれてすごく血が出た時はきょとんと呆気にとられながらも一言も怒らず、僕と千種ただ静かに宥めながら犬ちゃんごめんね、と笑いました。犬は怒られず謝られたことにどこか困ったようにしながらもいろはの手当てをしました。以来、犬はいろはに噛み付くことは一度もなく毎日仲良くしています。犬に感情をみせて笑いあえるのはきっと彼女がいちばんでしょう。

そして彼女はよく泣きます。なにものにも平等に涙を流してあげます。親、友達にも。見知らぬ誰にでも。以前、いろはが熱を出したとき看病をした千種に迷惑かけてごめんね、となにかに怯え必死に耐えるように泣きました。以来、千種はいろはが風邪をひくと回復するまで付きっきりで様子をみてやり、どこか切なげな表情をしています。やはり、そっけなくしていても千種なりに彼女が心配なのでしょう。


「骸様、どうかしましたか?」
「ああ、いろはでしたか…。いえ、少し考え事をしていたんですよ」
「考え事、ですか?」

ええ、そうです。貴方のことを考えていました。なんて言ったらこの子はどんな表情を僕に見せるのだろう。戸惑い?焦り?驚き?目を見開いて固まるだろうか?冗談だと笑い飛ばしてくれるだろうか?嗚呼、まったく予想できない。
けれど確実に分かるのは最後にはかならず君はどんな現実でも受けとめるということだ。それは何にもかえられない強さで。すべてを慈しむように微笑んでいるから、こちらの調子は狂わされてばかりだ。だけど、いろはのそれすらいとおしいのだからどうしようもない。

だからこそ、知りたい。これは僕の性分かなにかなのだろうか。それとも今までいた環境のせいなのだろうか。実験対象として、何も信じないせいなのだろうか。僕と同じ環境にきみもいたというのに、ね。悲しいものです。ねぇ、僕は聞いてもいいんでしょうか?


何故、笑えるんですか?


聞けるわけがない、そんなことを聞いてはいけないのは僕が一番わかっているのだから



100625/再録
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