夢 | ナノ


「……ウ、ねえ起きて、…ユウ」肩をトントンと叩かれ身体を揺さぶられる感覚に枕に埋めていた顔を声の聞こえるほうに向け、うっすらと瞳を開く。しぱしぱと数回瞬きを繰り返し、重たい目蓋を持ち上げようとすれば必然的に眉間に力がはいってシワが寄るのが自分でもわかった。ぼんやりとぼやける視界の真ん中には困ったように「おはよう」と笑ういろはの姿。

…まずい、幻覚が見える。いや、夢か。そうに違いねえ。夢だと脳に言い聞かせ寝ようと目蓋を閉じ、枕に顔を埋めればペシリと後頭部に重くもなくかといって軽くもない手刀が降ってきた。体制を変えることなくもう一度横を向けば今度は膨れっ面をしたいろはがそこにいた。

「…おはよう」
「………おう」

完全に働ききらない頭で返事をすればいろはは口許を緩ませてへらへらと笑った。壁に掛かっている時計を見れば寝付いた時間からまだ30分も経っていない。冗談じゃない勘弁してくれ。ため息をつきながらも上半身を起こせば何を思ったのかいろはが突然俺に飛びかかってきた。いきなりの行動に反応が遅れて壁に後頭部を強かに打ち付ける。勢い余ったいろはもでこを盛大にぶつけ、俺のうえから声にならない声をあげながら飛び退いた。なんだ今日は厄日か?

「うおおお…っ、いったいぃいいおでこ擦った…!」
「…お前バカだろ」
「なんだとコノヤロー、もっかい飛びかかられたいのか」
「はっ、やれるもんならやってみやがれ」
「……疲れるからやーめた」

眠たげに欠伸をしながら言われたが決して俺から言ったわけではない。寧ろいろはが一人でバカ騒ぎしているのとなんら変わりない。毎度のことながら調子のいい頭のつくりをしているらしい。ぶわりと部屋のなかに入ってきた風に「さむいさむい!」とでかい声を出しながら腕を擦るキャミソールにショーパン姿のいろはは近所迷惑以外の何者でもないだろう。それより、

「お前どうやって入ってきた」
「え、窓から?」
「不法侵入じゃねえか」

さも当然であるかのようにしれっと窓を指差しながら答えたいろはに頭がいたくなった。確かに閉めていたはずの網戸は開けられたままになっている。閉めろよ。あと窓から入ってくるな。てか勝手に人んちに入ってくんな。

「いいじゃん。お隣さんなんだし。もうユウんちとか第二の私の家だし」
「…………」
「それにこんな夜中におばさん達起こすのも気が引けるでしょ?だからやむを得ずね」
「ふざけんな。俺はいいのか。そもそも来なきゃいいだけの話だろうが」
「はああ?私だってねー、ちゃんと用があってきたんだよ。てかもっと奥つめて」

用事?面食らっている俺を他所にいそいそと人のベッドに潜り込んでこようとするいろは。おいコラ用があったんじゃねえのか。入れまいと全力で阻止しているといろはがめんどくさいと言いたげな表情をしながらこめかみをポリポリと掻いた。

「おめでとうって言いにきたの」
「……は?」
「ユウ、今日誕生日でしょ?だから、おめでとうって」
「そんな理由かよ」
「いやいや、ユウ誕生日バカにすんじゃないよ。一年に一回しかないんだよ?お分かり?」
「わざわざ来る理由がねえ。メールでも電話でもしてくりゃいいだろ」


返された言葉にうーんと唸りった後に「まあ、そうなんだけどさー…」となんだかんだ言いながらも頷く姿にため息。

「第一、クラスで会うだろ」
「…いや、そうですけど」

こいつに悪意はないのは分かっているが、流石に今回のは考えが足りなかった気がして咎めればしょんぼりといった様子で指先を見つめている。俺だって会いたくないわけではない。祝おうとしてくれたことも嬉しい。けれど慣れているとはいえ、もし窓から落ちたら?考えすぎかも知れないがこいつのこととなると逐一心配してしまう俺も相当だと思う。

でも、と小さく聞こえて反射的にそっちを向くとあからさまにそわそわと視線をさ迷わせもごもごと言いにくそうにしている。静かに見つめ続けると意を決したのか、すうっと息を吸い込んだ。困ったように眉を八の字にしながら笑って。

「私がユウに一番最初におめでとうって言いたかったから、会いにきちゃった」

そういって然り気無くベッドに潜り込んできたいろははちらちらとこちらを見ながら付け足すように「一応、ほら、彼女だからね」と言った。そして真っ赤に染まった顔を隠すようにバサッと素早く頭からタオルケットを被った。普段は憎たらしくて堪らないのに、それと同時にこれだけ自分の心を擽る反応を返してくる奴は俺はこいつしか知らない。ああ、考えが足りなかったのは俺のほうだったのかも知れない。



レン/defect/0606
Happy Birthday 神田(^O^)
いつまでも君が大好きです
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