階段を登りきれば、次の難題である部屋の鍵が待っていた。

「もうおろしてもいいと思うわよ」
「だが断る」
「んもう〜」
「この小さいのさえうまく外れれば……よーしよし、ベネ!外れたぞ!お待たせエリカ!」
「お疲れさま!」

 リヴィングのソファーに雪崩れ込み、ようやく腕の中の重みから開放されたメローネは、ついうっかり余計な一言垂れ流してしまう。

「あぁ〜重かったァ」
「!!」

 聞き捨てならない一言に眦を吊り上げ、メローネの頭をソファーに並べてあるクッションでバシッと引っ叩く。

「ならおろせばよかったでしょー!」
「ああッ、違うんだエリカ!誤解だ!重かったのは荷物で、君のウェイトなんか羽根のように軽く…!」
「ウェイトですって…!?」
「ち、ちがっ、そこだけ強調しないでくれ…!だって俺に負担がかからないように、キャンディマンでコントロールしてくれてただろう?君のそういう優しい所、本当に大好きだぜ」
「……!あ、あれは、階段から落ちたら危ないと思って……」
「またまたぁ〜。抱き上げたすぐ後からのくせにぃ〜」
「そんなことより!ローズマリーとその紅い袋の中身!」

 そのまま口付けてしまいそうな距離まで詰め寄ってきたメローネをかわし、ローズマリーだけ手に取ると急いで立ち上がり、キッチンに一時退散しながらメローネに告げる。

「しおれる前にお花を生けてお茶の用意してくるから、まだその袋開けないでね?わたしが開けたいの」
「もちろんだとも、お姫様。でも今のタイミングで逃げるのは酷いだろォ〜〜。口寂しくて死にそうだ!」
「あら、じゃあすぐにおいしい紅茶を淹れるわね?フフッ」
「そういう意味じゃないってわかってるくせに…!悪い子だ!」

 そのままスルリと逃げて行ってしまう。

 置いて行かれたメローネは大人しく座っているかどうか迷ったが、結局すぐに後を追ってキッチンに向かった。

 エリカが花の手入れをする姿を見たいし、慣れた手つきで茶器の仕度をする姿がとても流麗で大好きだからだ。

 キッチンに入ると、丁度エリカがボウルに水を張り、そこでローズマリーの茎を水切りをしている最中だった。冷たい水に触れ続ける指先が、ほんのり紅色に色付いている。

「なにか手伝うよ」
「Thank you!じゃあそこのキャビネットから好きなティーセットを取って、ポットのお湯で暖めておいてちょうだい」

 清涼を感じる爽やかなパステルグリーン地に白の唐草模様の浮き模様の壁紙と、それに良く合うようキッチンのキャビネットや戸棚の扉は白で統一されている。

 対で二つ並んでいる背の高い木製のキャビネットは、こちらも唐草模様の彫刻がされているかに見えるが実は騙し絵だ。並べてある二つの合わせ目を中心に、模様が外側へ向かって流れている事が初めて分かる凝ったデザインだ。

 片方には食器が、もう片方にはティーセットが、それぞれ綺麗に整列されてある。茶器だけでも紅茶用とカッフェ用があり、色や形が豊富だ。

 しばしじっと見つめた後メローネがその中から選んだのは、この家で多く取り入れられている唐草模様が白地に金で繊細に施されたティーカップとソーサー。

 これを選んだ理由は、ただ単純にエリカに今日の服装が大きなフリルがついた可愛らしい白いワンピースで、黄金の蜜色の髪も白い造花のヘアゴムでまとめているからだ。目に飛び込む色はカップ&ソーサーと同色の金と白。

「これがいいかな、今日の君みたいな色してる」
「あら、お目が高いわよ。それはお気に入りの一つで、ウェッジウッドのセレスティアルゴールドっていうの」

 カップの他にエリカが取り出した白磁のティーポットとミルクピッチャーにも、電子ポットの湯を注いで暖めながら、まるで新婚の様な実に愉快な状況にメローネは目を細める。

「ハハッ、君はお気に入りしか家の中に入れないだろう?ところでまだ言ってなかったかな、そのワンピース凄く似合ってるって」
「そうね、まだだったかも」
「ああっ!俺とした事が…ッ!いつも頭の中で考えてるから言った気になってたんだ!」
「やだ、大袈裟ね。気にしてないわよ?」
「俺が気にするんだ、君の着る物には逐一目を光らせて常にクローゼットの情報を…」
「ふふふ!メローネって面白いわね」
「えっ…」

 噛み合ってるんだか噛み合ってないんだか、いまいち分からない会話をしながら、紅茶用の湯がケトルの中で煮立つまでの間をしばし楽しむ。

 エリカは紅茶を淹れる時、電子ポットの中の湯ではなく、必ず新たに水道から汲みたての水を沸かして飲む。

 汲んでから時間の経つ電子ポットの中の湯では、空気の含有量が少ない為に美味しい紅茶を淹れられないからだ。ティーポットの中で茶葉を上手に躍らせるには空気がとても大切なのだと、幼い記憶の中で亡き母がよく言っていたのを覚えている。

 エリカは今でも忠実にその言葉を守っている。

 茶葉を選んでいるうちに、ケトルの口から大きく湯気が立ち上り出した。

「エリカ、沸いたみたいだよ」
「ええ、そうみたいね。でも茶葉が決まらないの…。メローネはなにがいい?」
「うーん……あれと合うヤツはァ……」
「あれ?」
「あ、いいや、うん、ダージリンのミルクティー!」
「それならセカンドフラッシュがあるわ。メローネ、悪いんだけど低温殺菌のミルクをピッチャーに移してくれる?」

 エリカは言いながら、暖めていた湯を捨てたミルクピッチャーをメローネに手渡す。これに注いでおけば、冷蔵庫から出したての冷え切ったミルクが、丁度常温より少し冷たい程度までじわじわと温度が上がる。

 ミルク鍋で温めるのは、臭味が際立ってしまう為、絶対に御法度なのだ。

 茶葉が決まってしまえば、次のエリカの作業は、ティーポットにダージリンのセカンドフラッシュを山盛り四杯。

 二人前淹れる事の出来る大きなこのポットは、茶葉がジャンピングしやすいようにまんまるだ。あっさりした白磁だが、シンデレラのかぼちゃの馬車みたいな形と、蔦が絡まっている様な取っ手が、エリカはとても気に入っている。

 ケトルで熱湯を注げば、ふんわりとダージリンが香る。じっくり蒸らせば、理想通りのブラックティーが出来上がるだろう。硬度の高い水だから、渋みと香りが抑えられる代わりに色がしっかりと出て、何よりロンドンの水質よりも遥かに良いというのが最高だとエリカは思っている。

 長方形のトレイに蓋を閉めたティーポットを置き、コジーを被せれば準備は整った。

「メローネ、ありがとう。すぐ持っていくから座ってて」
「いいのかい?それも持ってくけど?」
「大丈夫、他にも持っていくものあるから」
「そう?」

 お互いで瞳を交わして微笑み、静かに離れる。

 メローネが大人しくリヴィングのロイヤルブルーのソファに身を沈ませている間に、エリカはティーカップ以外の全ての必要な物をトレイに置き、ボウルの水に浸けたままであったローズマリーをバカラのフラワーベースシリーズのミルニュイに活けた。

 そろそろ三分。

 ティーカップの中の熱湯を捨ててソーサーの上にセットし、ローズマリーもちゃんとトレイに乗せてリヴィングに運び入れた。

「おまたせ!」
「おかえりエリカ!ここ、ここ!ここに座って!」

 勢い良く振られる尻尾を錯覚する程の勢いで、嬉々と指したのは自分の膝の上。

「ウフフッ、やぁだ、なに言ってるの。これ置くからちょっと待って」

 悪くない手応え。嫌よと笑っていながらも、きっと粘れば希望を叶えてくれる。甘やかしてくれる。

 エリカとはそういう女性だ。

「メローネは、お砂糖2個でいいのよね?」
「Si!エリカ、早く!早く!」
「もうっ、ちょっと待ってったら」

 纏わり付くメローネに笑いながら、慣れきった動作で淹れていく。

 まずはそれぞれのカップに角砂糖を二つずつ。そこにミルクを入れてから、最後によく茶葉をジャンピングさせたブラックティーを、茶漉しで漉しながら注ぐ。

 紅茶のミルクは後か先か。それは今でもイングランドで論争を巻き起こしている。軽い気持ちで話題を振ったが最後、延々とどっちがより良いかを聞かされる破目になる。

 エリカの場合は先派だった。メローネがうっかり聞いてしまった時の話によれば、成分の沈殿の度合いが変わってくるし、より渋味を感じにくくなるし、ミルクを好きなだけ入れられるし、例えミルクを入れ過ぎたとしても美味だし、茶渋がカップに付着しにくいから洗うのも楽だという事だった。

 唯一の難点は、ブラックティーにミルクを徐々に入れていってクルクルとスプーンで掻き混ぜる時に見られる、魅惑的な渦巻きが見られないという点だとも。

 確かにエリカの淹れる紅茶は、毎回綺麗なクリームブラウンで、見た目も味も信じられないくらい美味いのだ。

「はい、メローネ」
「Grazie!…ああ、いつ飲んでも美味いな、エリカのミルクティーは」
「ありがとう、いつもおいしそうに飲んでくれるから、淹れる甲斐があるわ」

 エリカも静かに一口。熱々の紅茶を、常温のミルクが程良く温度を下げてくれて、火傷せずに済む。

 ラッテがたっぷりのカッフェ・ラッテやカップッチーノも好きだか、やっぱり英国人のエリカには、紅茶が欠かせない。ティータイムが最も定着したヴィクトリア朝の頃と比べて、その消費量は半分以下まで落ちたとはいえ、エリカにとっては幼い頃からの習慣だ。

 美味しいミルクティーを飲んでホッと一息つけば、嫌な事など緩和される習性は骨の奥まで染み込んでいる。

「さ、メローネ。魔法の正体を教えて?」
「エリカ、魔法の箱を開けたかったら膝の上に座って!ほら、ここ!」
「仕方ないわね、魔法使いさん。はい、これでいいかしら?」
「Bene!」

 子供の我侭を聞くように、優しくアシメントリーの髪を撫でながら、その足の上へと着席すしいた。メローネは仲間達が見たら気持ち悪がるくらい頬を染め、それはそれは嬉しそうに破顔している。

 ほら、やっぱりエリカは優しいんだ。そう顔に書いてある様だ。

 メローネは真紅のバッグをエリカに手渡すと、開けるよう促した。

「開けてみて、エリカ。数は多いけど、中身は同じなんだ」
「そうなの?……………あ!!バーチ!」

 一番上にあったハート型の物を手に取って、丁寧に包み紙を開けると、そこには見慣れた紺碧色。その中には青い星柄の銀紙に包まれた、コロリと丸っこいチョコレートが数粒入っている。

 大好きなチョコレートに、エリカの目が宝物を見付けた子供の様にキラキラと輝く。

 パアッと大輪の薔薇が咲いた様な表情に、メローネはこの魔法が成功した事を確信した。成功報酬はたった今貰った、最高の笑顔。

「これ全部バーチなの!?」
「ああ、行きつけのバールにいっぱい置いてあってね。そろそろチョッコラート工場も一時休止の季節だから」
「一時休止??」
「そう、イタリアの夏はチョッコラートも蕩けちまって製品にできないんだ。チョッコラートが大好きなお姫様が、夏も笑顔でいられる魔法!」
「……メローネ!ありがとう!本当に!すっごい嬉しい!!」

 去年の夏もネアポリスで過ごしたが、思えば確かにチョコレート菓子はどこも品薄だった。あんなに種類豊富にあった物が、ごく僅かな数種類が少数並ぶだけになっていたのを覚えている。

 発注ミスか何かだろうくらいにしか思っていなかったが、そんな事情があったとは、エリカ自身イタリアの猛暑がどうにも苦手なだわけだ。

 イタリアのチョコレート菓子の中でも、ゴロッと入っているヘーゼルが美味しいバーチは特に大好きで、それがこんなに目の前にある事にエリカはウキウキと興奮する。

「すっごーい!この大きいの、百粒入ってるやつじゃなぁい?うふふっ、夏が終わるまで持つかしら」
「しまった、こんなにあったら君は僕じゃなくてこいつに夢中になっちまうな」
「そんなことないわよ、素敵な魔法使いさん!今日の紅茶のお友達はバーチにしましょう」

 エリカは先程開封したバーチのケースをリヴィングテーブルに乗せて、一粒取り出し包みを解いた。

 剥いた銀紙をメローネに見せながら、クスリと笑う。

「箱にはバーチって書いてあるのに、こっちにはちゃんとバーチョって書いてあるのよね」
「ペルジーナ社の一番のこだわりだ」
「あはは!」

 コロコロと笑いながらチョコレートを頬張る。ヘーゼルナッツチョコの風味が口中に広がり、安っぽい甘さに上手に味わいを出している。この甘ったるさが堪らないのだ。

「カルティッリオにはなんて書いてある?」
「えーっとね、……うわぁ…」
「なになに……“至福の魅惑的な夜は、キスで始まりキスで終わる”だってさ。確かに!今度試してみようか、エリカ」
「や、やだメローネったら」

 エリカはシシリーオレンジの果肉みたいに、顔を熟れた赤に染めながら、それでもすり寄せられるメローネの唇からは逃げない。

 甘噛みされた下唇が、じんと薄っすら熱を孕む。

「チョッコラートの味がする」
「…今食べたもの」

 クスクスッと笑い合って、バーチをもう一つ。

 今度はメローネの口の中へ、バーチョの粒を詰め込む。

 エリカの腰に回している右手ではなく、空いている方の左腕を伸ばしてティーカップを攫い、音を立てないように一口啜ると、チョコレートとダージリンのセカンドフラッシュミルクティーとの最高のマリアージュだ。

「そういえば、今日はまだ君のその可愛い唇に、バーチョしてなかったな」
「フフッ、今日は魔法のかわりに忘れ物がいっぱいね」

 ちぅ、と短く軽い口付け。鼻と鼻を擦り合わせて、まるで動物のコミュニケーションの姿。

「……ミルクティーの香りがする」
「そりゃあ、たった今飲んだからね」

 アハハッ、と声高く二人して笑い、またカルティッリオを読む。

「“喜びを十分に得ようとするのなら、それを共有できる誰かが必要だ”ですって!」
「ああエリカ、俺にとってのそれは、まさに君だよ!」
「ふふふ、もう一つずつ開けてみましょうよ」

 あっという間に、ハートケースの中のバーチがなくなった。

「なんて書いてある?」
「“愛について考えるところでは十分はまだ不十分だ”。そっちは?」
「“愛は月のよう。満ちるか欠けるかだ”」
「素敵ね!」
「チネーゼの諺って書いてあるな」
「へぇ〜!ずいぶんと素敵なことわざがあるのね。あなたのお月様はなぁに?」
「もちろん満月さッ、エリカー!」
「キャーッ!」

 ガバッと抱き付いて、わざとらしくその豊満な胸元に、存分に顔を擦り付ける。

 もうすっかり、バーチチョコ達の存在意義は、味を楽しむよりも、二人の世界を楽しむためのアイテムと化している。

 確かにバーチは魔法のチョコかもしれない。恋人達の仲をより甘くする事が出来る。

「ねえ、こっちも開けていい?」
「Certo!」

 取り出したのはミモザモチーフのバーチ。花の蕾を模したバーチチョコを、ぷちりともぎ取る。

 ラッピングに使われている可愛らしい造花のミモザは、そのままメローネの髪の毛に挿してやった。

「とっても似合うわ、美人さん」
「そう?じゃあこのままでいようかしら!」

 ふざけた女口調に、クスクスと笑いが止まらなくなる。

 笑ってる間にメローネが銀紙を剥いて、チョコをエリカの口へと入れてくれた。

 すぐに咀嚼せず、口の中でコロコロと転がすと、コーティングされたダークチョコがゆっくりと溶け出していく。

「まわりはほろ苦いのよね、バーチって」
「バーチやアモーレは時には切なくほろ苦いものさ。ほら、これも。“男は愛さない限り、どんな女とも幸せになれる”だってさ。ワイルドってやっぱり後ろ向きなんだな」
「サロメの?……確かに、誰かを愛してしまったら、その人だけになってしまうものね。囚われた愛に破れたら、もうおしまいっていうくらい絶望しちゃうかも。でも愛していない相手と惰性で結ばれて、果たして幸せなのかしら…」

 エリカは次の銀紙を剥きながら、少し悲しそうに呟いた。

「愛の甘さを知ってしまったら、もうその愛なしじゃ生きていけなくなる。俺も、君という愛の虜だ」
「フフフッ、光栄よ。……こっちは“人生で唯一の幸福は、愛し愛されることである”って、ジョルジュ・サンドが詠ってるわ。きっと彼女は、ショパンを愛し、そして愛されたのね。素敵だわ」

 エリカの優しい恋人は、どこまでも自分を愛し、讃えてくれる。恋に自信を失って萎れた花に、命一杯の愛を囁いて、美しく咲かせてくれる。

 ジョルジュ・サンドの言った通り、愛し愛される事は至福の幸せだ。

 残ったミモザのバーチを全て開けてしまい、カルティッロを引っ張り出せば、またおふざけに最適な名言が出て来る。

 二人してガリガリとヘーゼルナッツを噛み砕きながら、味を占めたメローネが嬉々と読み上げた。最高の名言を引き当てたかもしれない、と内心小躍りしそうな気持ちだ。

「“キスとは結局、何なのだろう?それは唇の秘密である”だって!」
「ん〜〜っ、あっまぁーい!」
「それもベネだけど、こっちもとっておきの甘さだ!“同じバーチョは存在しない、全てのバーチはそれぞれ違う味を持つ”らしい。…エリカ!真実かどうか確かめないと!」
「えっ、あっ、ちょっ……んー!」

 まるで獲物を見つけた鷹の如く、メローネはマシュマロの様な唇に素早く食らい付いた。

 何度も何度も角度を変えて、チョコフレーバーの唇を楽しむ。

 束ねられた長い蜜色の髪の毛を解き、サラサラと手櫛で梳きつつ、時折後頭部に指を挿し込み頭をグッと手前へと押さえ込む。より深く、より強く、息さえも喰らう様なバーチ。

 エリカは段々と頭の芯がジンと麻痺し、唇の熱しか分からなくなってくる。
 唇の秘密に苦しさが混ざる前に、甘い余韻だけを残してメローネは静かに唇を離した。

「んぅ…っ」
「エリカ……」
「………チョッコラートの味しかしなかった」
「ぷッ…!お、俺はエリカの薔薇の香りや、砂糖菓子みたいに甘いのもたっぷり堪能したよ……クックッ…」
「む、なによ〜」

 経験に差があり過ぎるので致し方なかったが、額面通りに言葉を受け取るエリカが、メローネにとっては可愛くて仕方が無い。

「君は本当に素敵な女の子だ!ねえ、エリカ。一番最初に書いてあった事、試してみないかい?」
「一番最初?」
「バーチョで始まり、バーチョで終わるっていう」
「ああ、あれね」
「今夜のチェーナはリストランテでしないかい?出かける前にたっぷりバーチをして、そして帰ったらおやすみのバーチョ!」
「リストランテ!じゃあドレスアップしないと。ふふ〜、リストランテは久しぶりね!……メイクが崩れちゃうから、キスはほどほどにね…?」
「……!!…じゃあ、今のうちにたっぷり…」
「メローネ!」
「冗談、ちょっとだけにしとくよ」
「いっぱいは、帰ってから、ね…?」
「ちょ、エリカ、お願いだからもう何も言わないで…」
「??」

 言う事やる事が可愛過ぎて、そろそろ我慢が利かなくなる。とは思っても、口には決して出さない。

 実は恋人関係になって数ヶ月経つが、厳密に言うと二人は未だに清い仲なのだ。メローネは当然全てを至極自然にエリカに合わせるつもりでいるから、そういう方面も彼女に全て合わせている。

 しかし、決して言う程簡単ではない。

 初夜や蜜月が、辞書通りの期間に辞書通りの意味で過ごせるなんて、逆に奇跡じゃないか!

 そう自分に言い聞かせて、なんとか耐え忍んでいる。こうなったら、大昔のシチリア人の様に花嫁の純潔の証として、初夜の行為で破瓜の血が付いたシーツを、バルコニーから胸を張って飾ってやろうか。そんな気さえしてくる。

 実際にやったら、きっと血を流すのは自分の方だろうが。

 メローネはいつも考えている。

 一生物の宝物を見つけてしまったのだから、一生を懸けて向き合う覚悟は出来ている。そんな風に思わせてくれるエリカに対しても、心から感謝し敬愛しているのだ。

 きっと、否、絶対に、彼女と歩む未来は明るいものとなるだろう。何故ならば、彼女が自分にとっての光そのものなのだから。

 エリカ・ジョースターという人間に出会ってから、自分の人生最良の時は始まったのだ。

「ティータイムが済んだら準備しましょうか」
「そうだね、俺も一旦部屋に帰って着替えてくるよ。すぐ車で迎えに来るから」
「OK。ドレス着て待ってる!」
「楽しみだな。でもセクシー過ぎるのはダメだぜ、部屋から出したくなくなるから」
「そっ、そんなの着ないわよ!」

 まずは、まだ飲み終えていないミルクティーを堪能しよう。そしてスコーンの代わりにとっておきのバールの話も。

「そういえば、さっき言ってた行きつけのバールのバリスタがさ、君を紹介しろってうるさくて─────」





“Invecchia insieme a me, il meglio deve ancora venire”
(私と共に歳を重ねましょう、最良の時はこれからです)





La fine


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