白金のブロンドの見目麗しい青年がローズマリーの花束を握り締め、大きなショッピングバッグを肩に掛けてヴェスパのGSシリーズで駆け抜ける姿は、それはそれは注目の的だった。

 すれ違い様にユニークでお節介なナポリターノ達が「頑張れよ!」などと声を掛けてくる。やはりディーノの言う通り、表情筋に全く気を払えていないらしい。

 励ましの言葉を掛けられる度に、その嬉しさに逐一「Grazie!」と大きく返した。恋路を応援されるというのは、なかなかに幸せなものだ。

 住宅街の小道を進むと、エリカの住む高級アパルタメントが見えてきた。ブリーチをしたシャツの様な気持ちの良い白壁に、美しいバロック調の焦げ茶色の窓枠。

 三階建てのそのアパルタメントは、一階は駐車場になっており、頑丈な鉄格子とシャッターが二重に閉まっていて中は見えない。だが、真っ赤に熟したトマト色のパンダ45と、彼女が大切にしているカスタマイズされたハーレーのスポーツスターXLH883のモノトーンがあるのも知っている。

 いずれこの中に、ソーダフレーバーのジェラート色にカラーリングしたフィアット500を加えてやりたいと思っているが、それはまだ秘密の話だ。

 二階全面は居住区になっており、二世帯が入れるようになっているはずだったのだが、壁をぶち抜きあちこち改装して、結果一部屋だけになっている。

 三階の屋上には全体の約三分の一程の面積のだだっ広い部屋があり、ランドリールームや寝室としても使えるが、エリカは洗濯機だけ置く事にして後は物置として使っている。

 メローネがこっそり覗いた記憶によれば、クリスマスツリーやらの季節のオーナメントや、2階のウォークインクローゼットに入りきらない鞄やら靴やらが、ハイブランドショップよろしく壁一面に細かく仕切りされた棚に端から端まで綺麗に整列されているはずだ。オマケに真ん中には、季節から外れた分厚いコートやらベルベットのワンピースやらがどっさりとハンガーにぶら下がっていた。

 これは良い傾向なんだと、メローネは思っている。

 エリカにとって、ここネアポリスは故郷ではない。バイタリティ溢れる彼女だからこそ縁も無い土地で楽しく過ごしているが、景色は最高だと言いつつもクセの強いナポリターノに嫌気が差してネアポリスを後にする人間も少なくない。

 記憶に新しい、彼女の人生に『大きな問題』が起こったあの時に、絶対にエリカはイングランドに帰郷してしまうものだと思っていた。そして、この忌まわしい土地には二度と戻らないのだとも。

 だが思ったよりもエリカの傷は深く、すぐに動く気力も湧かない程だった。だからメローネはそこにつけ込んだのだ。優しくして、懇願して、縋りついて、故郷へ戻らないように仕向けた。

 そしてそれは見事に成功を収めた。

 その後もクセの強い愉快な仲間達と、あの手この手で彼女に世話を焼かせ、あちらこちらへと連れ出し、なんだかんだとこのネアポリスに押し止めた。

 だからエリカが自らショッピングを楽しみ、部屋のデコレーションに考えを巡らせてお気に入りの家具を買い揃えたり、車やバイクを持ったりと根を下ろした生活をする事は、メローネにとってもこの上なく素晴らしい事なのだ。

 何よりも素晴らしいのは、彼女の心の中の特等席の後釜を狙っていた猛者共を出し抜いて、誰よりも早くそこに着席した自分だ。今までの人生で、一番自分を褒めてやりたい好成績だ。

 見ているだけで幸せだった。

 でも、一度手に入れてこの幸せの甘さを味わってしまったら、後は中毒者の様に次から次へと欲するばかりだ。二度と手放す気にはならない。

 恐ろしい程の高揚感に、浮遊感。幸せのあまり、宙をフワフワと漂っているようだ。いきなりその浮遊感を、操り人形の糸がプツンッと切れてしまった様に失って、突然地面に叩きつけられるんじゃないかという恐怖すら感じる。

 それならそれで、切れた糸にしがみ付く心の準備は出来ているが。

 今度入念にシュミレーションでもしておこうかと半ば本気で考えながら駐車場の前にヴェスパを停めると、頭上のバルコニーテラスからエリカが顔を覗かせた。

「Ciao、メローネ!そろそろ来ると思ってたところよ!」
「エリカ!!Ciao、amore!」
「凄い荷物ね、今下りるから待ってて!……下向いててね!」

 階段から下りてくると思いきや、エリカはそのまま彼女のスタンド『キャンディマン』を使ってバルコニーから飛び降りた。空気中の気体を操れるキャンディマンの能力で浮力を生じさせ、地面に衝突する事無くふんわりと下降する。

 慌てたのはメローネだ。いくら彼女の能力を知っているとはいえ、飛び降りるのを見る瞬間はいつも条件反射でヒヤリとする。大丈夫だと分かっていても、慌てて駆け寄って宝物の様に大切にキャッチする。

「……見たでしょ」

 腕の中のエリカがむくれて言うが、その仕草すら愛しくて堪らない。しかし、スカートの中身よりもそれを身に着けている人物の方がずっとずっと大切で、スケベ心なんて全くないんだっていう事を分からせなければならない。

「白の総レースなんて見てないさ!そんなものよりも君が心配で……イテッ」
「しっかり見てるじゃないッ!」

 メローネの言葉にエリカはカッと頬を赤らめ、その横っ面をパシッと叩いた。

 どうやらメローネの真心は上手く伝わらなかったらしい。スカートの中身の事はやはり黙っておくべきだったかもしれない。

「ねえ、その手に持ってるもの、なあに?」

 さすがの大荷物にエリカも気付き、興味津々の顔で瞳を煌かせる。

「ああ、これ?こっちが愛の花束で、こっちがお姫様を笑顔にする魔法さ。もちろん愛がたっぷり」
「素敵!ローズマリーね、いい香り…!魔法ってなにかしら、楽しみね!早く部屋に入りましょう?」
「ああ、そうだね、早く開けた瞬間の君の笑顔を見たい……にしても、それ、この間買ったばかりのJILLのルームシューズじゃないか。そのまま降りてきちゃったのかい?」
「急いでたから、つい………きゃッ」

 言うや否やさっさとエリカを抱き上げてしまう。

「せっかく外用と部屋用を徹底して分けてるのに、って言ってたのは君じゃあないか。そんなに早く俺に抱き付きたかったのかい?」

 パチンッとウインクつき。

 図々しい発言に一瞬ポカンとしてしまうが、あながち全く違うとも言い切れないので、エリカもクスッと笑ってしまう。

「抱きつきたかったわけじゃないけど、早く顔が見たかったのかも」
「………へ?」

 次にポカンとするのはメローネの番だった。

 一瞬何を言われたのかとすぐに飲み込めず、ゆっくり噛み砕いて改めて意味を反芻すると、地の底から吹き上がるかの様な熱がカーッと顔に集中するのが自分でも分かった。

「……ぅ、あ……」

 何か言おうと思うのだが、口が上手く回らない。こんな事態は生まれて初めてだ。口が命のイタリア男児に有るまじき事態。

 そんなメローネのバイオレットの瞳を覗き込むエリカの瞳が悪戯に瞬いているものだから、余計に思考が奪われる。吸い込まれそうな程深い森の奥の様な緑から溌剌とした新緑のグラデーションに、黄金の茨の輪が浮かぶ虹彩。

「ウフフッ、照れたの?」
「〜〜〜〜〜ッ、君はほんっとに男を夢中にさせるのが上手だ!」
「アハッ!Thank you so much!」

 ガバッと抱きすくめて顔中に沢山のバーチョを降らせると、エリカは擽ったそうに笑いながら身を捩る。

 そんな恋人達の戯れを、隣りの花屋の店主であるシガリアーノ夫妻が楽しそうに笑いながら見ている。子供達も既に家庭を持って独り立ちをしてしまっている年配の夫婦にとって、若い二人の楽しそうな姿はまるで自分の子供の事の様に感じるのだ。

 メローネもエリカもそれに気付く。

「Ciao、マリラ!ジュゼッペ!」
「Ciao!」

 エリカが大きく手を降って声を掛け、すっかり顔馴染みになったメローネも元気良く挨拶する。

 エリカに花束をプレゼントする時は、大抵ここに頼んでいるのだ。奥さんのマリラがいつも丁寧に選ぶのを手伝ってくれて、エリカ好みにラッピングしてくれるのだ。

「Ciao!いつ見ても仲が良いわねえ、二人とも」
「Ciao、エリカにメローネ!仲が良いのはいいが、バルコニーから飛び降りるのは危ないぞ、エリカ」
「アハハ…そ、そうね、気をつけるわ」

 シガリアーノ夫妻は当然、エリカがスタンド使いだなんて事は知らないし、そんな不思議な能力がある事なんて想像すらしていない。

 不自然には見えないようにしたものの、心配させてしまうのは良くないのは確かだ。やはり人目は気を付けなければならない。

 もしかしたらメローネのいつもの軽口の言う通り、自分でも思ってる以上に早くメローネに会いたかったのかもしれない。

 そんな事を考えながらチラッとメローネ見ると、ドルチェ&ガッバーナのデニムのポケットから合鍵の束をガチャガチャ取り出している最中だった。治安柄から厳重に何個も色んなタイプの鍵を部屋とエントランス両方に取り付ける為、どうしたって鍵の数がかさばる。

 やっとこ取り出したはいいが、案の定鍵穴に上手く入らない。

「あーっと……君を抱いたままだと鍵が外せないっていうのが唯一の難点だなァ」
「え?おろせばいいじゃない?」
「だが断る」
「えぇ〜…」

 甘ったれたやり取りに見兼ねたマリラがよいしょっと腰を上げて、大きな胸とでっぷりした尻を揺らしながら二人の元へと歩み寄る。

「貸してごらんなさい、外してあげるわよ」
「マリラ!悪いわ、この人がわたしをおろせばいいだけの話よ」
「マリラー!グラッツィエー!本当にいい人だなァ、ジュゼッペは俺と同じくらいの幸せ者だ!」
「だってさ、聞いたかい?あんた!メローネからよ〜〜く言っておいておくれ、ジュゼッペときたら自分がどれだけ幸せ者かあんまり理解してないようだからねェ!アハハッ!」

 かくして面倒見の良いイタリアのマンマに開錠して貰い、二人は無事に建物内に入る事が出来た。

「マリラ、どうもありがとう!またケーキを焼いて遊びに行くわね」
「楽しみに待ってるよ!二人とも仲良くやんなさいな、Ciao ciao!」
「Ciao ciao!」


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