「花の名前」より京と蝶子
「蝶、」
「はい?」
ふわりと黒い髪が舞った。
拾った頃より更に綺麗になった気がする。
「今日は随分と遅いな。遅刻しないのか」
「…今日はお休みですよ、京さん?」
すっかり忘れていた。確かに開校記念日だかで休みだと言っていた気がする。たまの休みなのなら何処かへ連れていってやろうかと思っていたのだ。しかしもう随分日は高くまで昇っていた。
「今日も暑くなりそうですねぇ、」
蝶の後ろに白い花が見える。夏の日差しを浴びても庭の花たちは美しく咲いていた。花は向上出来ない俺とは違う。毎年必ず芽を出し花を咲かせ実をなす。植物の方がよっぽど高尚だ。
「蝶」
「はい?なんでしょう」
「今日は…」
「はい」
「…いや、何でもない。茶をくれ。」
蝶は言葉の続きを問いただすでもなくただはい、といって茶を注いだ。
初夏頃から一層緑の深まったこの庭は、未だ蝶が自分の側にいるという証だった。庭を眺める度、蝶がいない間も顔が浮かぶ。そんなことを考えていて少し恥ずかしくなった。
「京さん」
「なんだ」
「あ、いえ…何でもありません」
「なんだ、はっきりしないな」
「…京さんもではありませんか」
上手く朝食の時の事を返され、言葉に詰まる。
ふと庭の隅にある朝顔の鉢が目に入った。
「夕方にでも…夜店に朝顔を見に行かないか」
「…え、」
「君は浴衣を出すと良い」
「はいっ!」
ぱっと花が咲いたように微笑む彼女が眩しくて目を細めていると、がばっと緩い衝撃を受けた。
「…どうして私の行きたい所が解ったんですか」
「偶然だ」
「嬉しい…」
「…そうか」
背中に絡み付く細い腕を感じながら、そっと彼女の頭を寄せる。
花だけが、見ていた。
(花の名前)
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またまたマイナー作品です…。
初期の京さんが私の中でこころのKにぴったりのイメージでした。お察しの通り好みです(眼鏡ですから)
花の名前、おすすめです!