夏なのに冷たい雨の降る朝だった。
朝食の準備を調えて京さんを呼びに行ったら、夜まで貼られていた執筆中の紙は無く部屋はがらんと広かった。そこには京さんの匂いも、体温も無くて私は身震いをした。庭に鬼百合が咲いている。その色が妙に毒々しかった。

(京さん…!)

嫌な予感で胸が潰れそうだった。あの人がまた居なくなってしまったらどうしよう。今度はもう帰って来ないかもしれない。あの人が堕ちる度、私は彼を引き上げようとするのだけどいつでも引き摺られて堕ちてしまう。私が弱いから、あの人を繋ぎ止めておくことが出来ないんだ。家から出て走り出した。京さんはどこに居るのだろう。何処かでまた独りになっていなきゃいい。早く見つけ出さなくちゃ。
雨は激しく振り始めた。傘の間から雨は入って来て前髪はひどく濡れた。道端の植物たちは久しぶりの雨に活き活きとしている。私はその横を走って通り過ぎた。

京さんが行きそうなところは全て回ったけれど、見つからない。一体何処へ行ってしまったんだろう。仕方なく家に戻って秋山さんに電話をしてみようと思った。ぱたぱたと波だが落ちて雨に混ざる。視界が徐々に淀んで行った。

「…蝶?」

顔をあげると、目の下に隈を作った京さんが驚いたような顔をしていた。私は思わず傘を落として京さんの元へ駆け寄る。

「馬鹿かお前は!どうして傘を…」
「京さん…」
「ああ?」
「京さん…!」

京さんは驚いた顔のまま私を抱き寄せて頭を撫でてくれた。雨が京さんの傘にあたって大きな音を立てている。

「京さんが帰って来てくれて、良かった…」
「…すまない、心配をさせたか」

京さんは手に持っていた花を取り出して私の髪に付けた。

「前に見てから気になってたんだ。お前に似合うと思ってな」
「ありがとうございます」
「名前は分からないのだが…」
「それじゃあ、家に帰って、調べましょう」


京さんは冷えてしまった朝食を文句も言わずに平らげてくれた。それから私は京さんのくれた花を小さな花瓶にいけて部屋に飾った。京さんの体温がまだ身体中に残っているような気がした。


(花と雨)
------------------------
「花の名前」より京と蝶子でした。久しぶりに書きたくなったのでとりはこの2人にしてみました。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -