「僕が力を手放す条件は、おじさん自身が僕にワクチンを打つこと」
ラグナロクも終わりセカンドステージ・チルドレンが、普通の子供に戻る為のワクチン治療を受け始めるようになった頃、専門医に緊急だと呼び出されて、これだ。天井も壁も床も真っ白な部屋で、真っ白なベッドに座ったフェーダの元皇帝であるサリュー・エヴァンはそう言った。こちらをからかうような笑みはエルドラドと世界を脅威に包んだ頃と何ら変わりはない。
「サル、何を言っている」 「そのままの意味だよ」
隣に立っていた医者も苦笑しながら「こう言って聞いてくれなくて、」と繋ぐ。額に汗が滲む医者の顔を見れば分かる、まだ使える能力を使い、この医者を脅したのだろう。私を呼び出すために。仕方があるまいと私はこの医者に部屋を出るように言い、部屋には私とサルの2人になった。
「ねえおじさん、どうしても駄目なの?」 「駄目、というより無理だな。なんせこのワクチンは特別なもの、より専門的な技術が必要だ」 「それ、失敗したら死んじゃうのかな」 「…その可能性もなくはない」
へえ、と呑気に返事をしてベッドへ寝転がるサルを一瞥してどうしたものかと顎に手をやり、考え込む。「ねえ、おじさん」甘ったるい声が下から聞こえる。声の主は勿論私を悩ますサルだ。ベッドの傍にあった椅子に腰をかけると、サルは寝転がりながらベッドに頬杖を付きこちら見てきた。
「おじさんは僕に死んでほしくないの?僕がいなくなれば世界を不安に陥れていた組織のトップがいなくなったことになる、つまり世間から不安の声はなくなるんじゃない?力がなくなったとしても何をするか分からない集団だと思われているだろうし。しかもワクチン摂取中に死んだことになれば誰も責められることはない。違う?」
一気に、早口に話すサル。頭が切れるが変な方向へ考えが行ったものだ。セカンドステージ・チルドレンは散々迫害されてきたか、大人への疑心はまだまだ拭えていないのだろう。…一番近くにいるであろうこの私にさえだ。
「周りの目は気にするものじゃない」 「気にするなってことはそういう目は世間に存在するんだね」
してやられた、とサルを睨めば奴は笑いながら身体を起こしベッドの縁に座る。
「死ねたら楽なんだろうけど、でも逃げるわけにはいかないんだ。世間からもフェーダのみんな…いや仲間、友達かな。それからおじさんからも」
ゆっくり言葉を確認するように喋るサルの顔は、どこか穏やかに見える。フェーダのみんな、から仲間や友達に言い方を変えたのはあの過去から来た少年の影響だろうか。
「…冗談だったのか」 「何が?」 「死んでほしくないのか、と聞いたことだ」 「冗談というよりもおじさんを試したのかも。…で?実際はどうなの?僕が死んだら嬉しい?困る?」 「…お前に死なれてはエルドラドの医療に不信感を抱かれるからな、死なれては困る」 「またまた、素直じゃないなあ。おじさんったら」
口元を緩ませニヤニヤと笑うサルを見て、やっと本調子らしくなってきたかと安堵の気持ちとため息が同時に出る。その後すぐ「死なないために、ワクチン治療はちゃんとした人から受けても良いよ。でもおじさんそこに同席してよね」と言われまた深くため息をつくのだ。
/title by カカリア
|