ガン、と背中を背後の壁へ勢い良く叩きつけられた。突然のことに思わず息が詰まって、変な声が出る。いきなり僕の前に現れ、僕を壁に叩きつけた張本人を涙の溜まる目で睨み付けた、が本人の方は余裕な表情でニヤリと笑って見せるだけ。

「何を、するっ」
「何をする…か、そう言うと思ったぜ、ガンマ」
「っ」

耳元で囁かれる自分の“記号”。名前ではない、ただの記号のはずなのに、ぞわりと背が粟立つ。
抵抗しようとした手は壁に押し付けられて、手を振りほどこうにも体格差のある相手に力では勝てるわけがない。ならば足、と言っても足の間に潜り込む奴の足がそれを邪魔する。もうどうすることも出来なくて、ただ奴を、ザナークを睨む。
大体、ここはムゲン牢獄だぞ、自身が脱獄して来た所に再び戻ってくるこいつもこいつだが、警備の方はどうなっている。こいつだって、楽々と脱獄してきたのだからといって簡単なことではないだろう。

「何のために、来た」

精一杯の声を出して奴に問う。奴はまたニヤリと笑って、何を思ったのか僕の顎を掴み、グイと自分の顔へ引き寄せた。状況が状況、しかも相手はザナーク、ドキリともしない。ただ、近い、不快の一言。

「何のため、にか。何のため、お前が欲しくなった」

は。自分でも驚く程に随分まぬけな声が出た。欲しくなった?僕を勝手操り、エルドラドの計画を邪魔し、あっさりと捨てた君が、僕を欲しくなった?冗談も大概にしろと再び睨みつけてやれば、ザナークは喉を鳴らして笑う。満足だと言わんばかりに。

「君は、自分で何を言ってるのか、分かっているのか」
「あぁ?当たり前だろう」
「…なんだ、僕に惚れでも、したのかい?」

ハッと鼻で笑い、馬鹿にしたように有り得もしないことを言い放つ。こういう野蛮な輩には、こうやって頭に血を上らせれば良いんだ。それが一番楽な対処法。
しかし返ってきた言葉はどうだ、

「だからお前を奪いに来たんだろ?」

まさかの返答に言葉を無くしたのは僕の方だった。唖然した僕の顎をまた持ち直して、再び顔を近づける。ザナークと目が合った、赤い瞳に僕の顔が写っていうのが見えた。目に涙を溜め、頬を紅潮している。やめろ、こんな野蛮な男にそんなこと言われたぐらいで、僕がこんな表情をするはずがない。目を伏せてザナークから顔を背けた。

「君が僕をどう思おうと、どうしよう考えようと、僕が君についていくと思うか?一度僕を捨てた君に」
「ついてこねぇなら、連れ去る」

…ああ、こいつはそういう男だったか。どうせここに来て、初めから僕をムゲン牢獄から連れ出す気だったんだろう。僕の抵抗はとんだ茶番だったらしい。

「好きにしろ」

自分で発した言葉に自分で驚いた、勝手に気がついたらそう言っていたのだ。しかし気がついた時にはもう遅い。ザナークはお得意のニヤリとした笑い方をし、僕を担いでバイクを跨いでいた。
そういえばこいつの歳はいくつなんだろう、僕より年上なのか。ぼんやりと考えている内にバイクは牢獄内を走り出す。騒ぎにやっと気がついた連中が、ザナークとザナークのバイクに乗る僕を見て騒いでいる。端から見れば完全なる誘拐、連れ戻されたとしても僕に罪はない。

「強引過ぎて、笑えてきたよ」
「なにか言ったか」
「いや、なにも」

ただエルドラドのルートエージェント“ガンマ”は死んだな、と思っただけだ。


title by icy



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