※月山放送前の妄言を形にしたもの


「円堂監督、私、退部します」

南沢は監督の前に立つと突然そう言い出した。俺たちは目を見開いて彼女を見る。驚き、それと同時に悲しさが溢れてきた。彼女はここで諦めてしまうのかと。

「良いのか」
「…えぇ、もう、こんなのに着いていけません」

俺からは彼女の横顔しか見れなかった。だが悲しそうな目が見えた。なんでそんな目でそんなことを言うんだ。おかしいじゃないか。
悔しさも虚しく、失礼しますと南沢はそのままグラウンドから出ていった。俺たちの間には沈黙は走る。俺は一回ギュッと拳を握って俯いていた顔を上げ、そして円堂監督の所に駆け寄った。

「南沢と話がしたいんです。少し抜けます」
「あぁ、分かった」

ありがとうございます。そう言って南沢が向かっただろう部室に向かう。

「ばか野郎」

そう呟きながら。

× × ×

「…はぁ」

遂に言ってしまった。退部します、と。解放感と後悔が胸を同時に襲った。確かにフィフスセクターのやり方には始めから疑問は抱いていた。だがこれは内申の為だと自分に言い聞かせてきた。サッカーをやりたいと言う感情を押さえつけて。
それに、私みたいな女じゃなくて剣城が10番を背負った方が良いだろう。フィフスセクターともしも本気でやり合うなら、私じゃ役不足だ。(まぁ、あのメンバーがそう簡単に革命派として寝返るとは思えないから戦うなんてないと思うけど)

「ばかみたい」

そう呟いてユニホームを脱いで、自分に背番号を見せるように広げる。小さい頃から憧れだった雷門中の背番号10番。久遠監督に選ばれた時はすごく嬉しかったなぁ、と苦笑しながら思い出す。それに選ばれて一番に喜んでくれたのは三国だった。あのお人好し、自分のことのように喜んでくれたよな。本当、バカみたいに。

「南沢!」

いきなり扉が開く。おいおい、ここはマネージャー用の部屋だぞ。何勝手に入って来てんだこのブロッコリー。
ユニホームで前を隠しながら、追い払おうと三国に近づく。そうしたら勢い良く肩を捕まれた。その衝撃でユニホームが床に落ち、私はガラにもなく赤面する。だって、相手は三国とは言え上半身は下着姿。もっとかわいいの着てくれば良かったかなぁ。なんてぼんやり考えていると、三国は真面目な顔をして喋り出した。いつもの三国なら真っ赤になるのに。

「なんで、サッカー部やめた」
「…正確には宣言しただけだよ」
「じゃあ何でやめるんだっ!」

三国が叫ぶ。三国が私にこんなに怒るなんて始めてだ。ギリギリと掴まれている肩の骨が軋む音がした。

「三国、痛い」
「あっ、すまな…」

三国が慌てて肩から手を離す。私は痛かったとそのまま肩に手をやる。三国にふと目をやると真っ赤だった。あ、

「な、なん、でお前」
「…アンタが着替え中に乗り込んで来たんだろ」

私は落ちたユニホームを拾って三国へ投げつけた。そしてロッカーに入れておいたワイシャツを着てからユニホームのズボンの上からスカートを履いて、ズボンを脱ぐ。元々リボンは着けない派だからこれで完璧だ。
三国は私の投げ付けたユニホームを見ながらポカンとしていた。情けない顔。笑いながら荷物をまとめて鞄を持つ。

「そのユニホームは剣城にでも渡しておいて」
「なっ」

じゃあね、と扉を開けて出ようとしたら三国に腕を引かれた。そのせいで私は三国の胸にダイブすることに。押し付けられたために息苦しくなり、顔を引き剥がす。

「何すんだこのバカッ」
「バカはこっちの台詞だ、エースナンバーはお前の物だろう!」
「っ」
「必死に努力して手に入れた物そんな簡単に手放すな…」

三国は優しいね。私みたいなバカの為に泣くんだから。でもいくら泣かれたって辞めると決めた。それは、それだけは譲れない。

「…私じゃ役不足なのは分かってるから辞めた。あとはよろしく」

無理に微笑んでみながら三国にそう告げて、思いっきり奴の胸を押し返す。これで良い、これで良いんだ。

× × ×

役不足。一体何のことだ。南沢に投げ付けられたユニホームを眺めながらそう思う。あぁそうだ、グラウンド戻らないと。とりあえずユニホームは円堂監督に渡せば良いだろうか。
ふと南沢が始めてこのユニホームを受け取った時を思い出した。普段感情を余り表に出さない彼女だが、肩を震わせて喜んでいたよな。その放課後は俺の自転車の後ろに乗った南沢は、昔から雷門の10番に憧れていたと語っていた。ずっとユニホームの入った袋を抱えながら。

「三国さん、どうでしたか」

神童に話しかけられ、ハッとする。いつの間にかグラウンドに着いていた。みんなの視線が俺に集中していた。

「…無理だった」
「そう、ですか…」

横に首を振ると神童を始め、メンバーの殆どが俯いていた。ぎゅ、とユニホームを握りしめる力が籠る。

「南沢さんはなんて」
「…自分じゃ役不足って言っていた」

役不足とはどういう意味なんだろう。剣城にユニホームを渡せと言っていた。自分じゃ10番は無理だと、そう言ったのだろうか。剣城なら10番を任せられると思ったのか。
俺はもう一度ユニホームに握りしめ、俺たちを横目で見ながら端に立っていた剣城に歩み寄る。剣城は何も言わずに俺を睨み付けていた。

「お前に10番を任せる」
「三国さ」
「はっ、急に何ですか」
「南沢の希望だ」

へぇ、あの南沢先輩がね。と目を細めて笑いながら剣城は俺からユニホームを奪い取り、そのままグラウンドを立ち去った。神童は何故あいつに、と叫んだ。南沢の希望だ、俺はそうとしか言えなかった。

「南沢」

これで良いんだよな。


//微笑むきみの前で僕はどうしようもないくらいひどい顔をしている@hmr



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