「メッセージを再生します」

『久しぶりだね。元気にしているかい? 君がそっちに行ってから、もう三カ月が経った。そっちの暮らしにはもう慣れたかい? グラエナは元気かい? 仕事はうまくいってる? うちの会社の系統だから、君も少しは馴染めるんじゃないかと思ってるんだけど。ただあまり無理はしないでね。そうそう、おじさんとおばさんが心配していたよ。たまには連絡しないと。それじゃあまた連絡するね。僕は君の従兄なんだから、何かあったら遠慮せずに頼っていいんだよ』


「メッセージを再生します」

『僕だよ。ずいぶんと長い間連絡が取れなくて済まないね。君がそっちに行ってから、もう半年が経つのかな。早いね。この間おばさんが君のことを尋ねてきたよ。……君の連絡先、知らないって言っていたから、驚いた。親子なんだから、ちゃんと連絡を取り合わないとダメだろう? 一応成人しても親子は親子なんだから、あの人たちは心配してるんだよ。せめて電話の一本でもメールでもいいから、ちゃんと君の消息を伝えるんだよ。なんだか説教しに連絡したみたいだな……。とにかく心配なんだ。連絡、してあげてね』


「メッセージを再生します」

『久しぶり。元気かい? 早いことでもう君がホウエンを出てから二年近く経つね。僕の方は相変わらずだよ。ああ、でも実は、チャンピオンを辞めたんだ。しばらく自由に過ごしてみようと思って。そうしたら少しは君の気持ちがわかるかな。なんて。……ねえ、いつも留守電に入れてるメッセージは、君に伝わってるかい? ずっと、もうずっと君から連絡が来ないから、心配しているんだよ。仕事が大変なら、仕方ないんだけど。あまり無理はしてはいけないよ』


「メッセージを再生します」

『僕だよ。もう二年以上君の声も聞いてない。いつだったら連絡が取れるかい?』


「メッセージを再生します」

『連絡をください』


(もし今の生活を壊す危険因子があるのだとしたら)
(それは彼だ)
(電子音を鳴らす電話のプラグを引き抜いた)






何か、あったのだろうか。

私が買い物から帰ってきてから、彼はずいぶんと沈んだ顔をしている。試しに冗談やからかいの言葉を言ってみるが、反応もいまいち煮え切らないものだった。そんなに怖い夢を見たのだろうか。
昼食を取って、後片付けをして、意味もなくテレビをつける。ソファーに座っている彼の隣に座ってみる。すると視線を一度、ちらりと向けられるだけだった。

さて、どうしようか。

足元に落ちていたクッションを拾い上げる。今一度彼の横顔を盗み見て、私はクッションを抱えて意味もなく立ち上がった。そっとしておくのも、ある意味では落ち込んだときに効果的な手段だ。そう思い、特に何を告げるわけでもなくリビングを出ようと入り口に向かう。
……何よりも私は、他人を慰めるということが苦手なのだ。いや、正確には、落ち込んだ人、だろうか。嫌いなのだ。陰湿な空気も、卑屈な雰囲気も。私自身、元来備えている要素なのだから、同族嫌悪とでも言おうか。いつもいつも底意地が悪い自分が囁く。安っぽい不運で不幸ぶるな。同情なんかしてやらない。こっちだって苦労してるんだ。お前だけだと思うな。
胸中にドロリとした暗い感情が流れ込む。
……きっと、無駄な接触をしない方が、いいのだ。

リビングのドアノブに手をかける。手のひらから伝わるひんやりとした冷たさが、胸の内で熱を持ちだした感情を僅かに冷ました。
しかしドアを開けると同時に、彼の声が鼓膜を揺する。反射的に動きを止めた。振り返ると、ひどく心細げな顔をして彼がこちらを見ている。

「どこか、行くの?」
「いえ、別に……」
「そう……」
「どうかしたんですか?」
「……」

問いかければ、ハッとしたように彼は口を閉ざしてしまった。彼はいつもそうだ。何か言いたげで、しかし意志を伝えることをすぐに諦めてしまっている。話ならいくらでも聞いてあげるのだから、遠慮せずに言えばいいのに。小さく苦笑して、私は彼の隣に戻った。

「言いたいことがあるなら、ちゃんと口で言ってくれないと」
「!」
「言葉にしてもらわないと、私は意を汲み取るのが下手ですから上手く分かってあげられませんよ」
「イスズ」
「何ですか?」

できるだけ柔らかい口調で、声に応える。すると不意に彼の手のひらが伸びてきて、私の首に触れた。白く細い指先が、まるで脈を探すように肌を這う。その白さとは対照的とも思える高めの体温に、奇妙な感覚に襲われた。
彼がゆっくりと倒れ込むように、こちらにもたれかかってくる。彼は私の肩に額を押し付け、空いているもう片方の手を私の指先に絡めた。

「イスズは、イスズだよね?」
「なんですか。いきなり」
「知らない人になんか、ならないよね?」
「普通なれませんよ」

彼の指先が震える。するとふと香る異質な匂い。他人の香り。悲しい彼の匂い。空いてる手を、そっと彼の背中に回した。そして幼子をあやすように、背をさする。
彼はまるで、小さな子供だ。

「明日は仕事?」
「ええ、一応」
「最近は大変そうだね」
「……突然どうしたんですか」
「疲れてるみたいだから」
「そんなことありませんよ」
「明日は早く帰って来られるのかい?」
「どうでしょうね」
「明日は、久しぶりにハンバーグが食べたいな」
「ハンバーグですか」
「イスズ……」
「味の保障はできませんからね。それと食べたいならちゃんと来てくださいよ? N君の為に私が」

腕を振るうんですからね、と続くはずだった言葉は、いっそう強く抱きついてきた彼によって遮られた。私は訳が分からず、ただ力を込める彼に呆然とする。
しかし小さく呟いた彼の声だけは、確かに拾っていた。

「同じだよね」

「僕たち、同じだよね」

「同じひとりぼっちだよね」


――私は。

不意に発露した、千切れそうなほどの切ない懐かしさに泣いてしまいそうだ。





20101024
修正20110102
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