寂しい≠フ意味を教えてくれたのは彼女だった。
それまでその感情の意味を知らない僕は、ただただ発作のように訪れる感覚に苦しんでいただけだった。
彼女の帰りを待つとき、城の中にいるとき、一人でいるとき、僕はきっと、寂しかった。一人は寂しいと彼女は教えてくれた。

なら、彼女も一緒だ。

そう思っていた。だから、寂しい僕たちは一緒にいれば寂しくなくなるはずなんだ。そう思っていたのに、彼女は平気な顔をした。寂しいかと問いかけても、彼女は笑うだけだった。

何も分からない僕は、ゆっくりと父に手を伸ばす。この人も一人なら、わかるだろうか。




徐にその手は伸びてきた。まるで玩具を手にするように、ソレは私の首を掴む。緩やかに力を込めていく手のひらに、私は目を細めた。

「寂しいのはやだな」

ソレは爪を立てながら、呟いた。肌に赤い亀裂が入る。気道が押し潰され、空気が詰まった。

「寂しいんだ」

「僕はおかしいのかな」

「トモダチがいるのに」

「寂しいんだ」

ミシリと肌が軋みを上げた。喉へとかけられた白く細い指は、緩やかに呼吸器を締め上げる。じわりじわりと体内を浸食する断絶は、たった一人、血肉を分け与えた子供の手によってもたらされている。目を細めて、その貌を見つめた。愛した彼女と同じ瞳。忌まわしい血を引く証。
閉じた世界の愚かな王だ。

出来損ない
混血
失敗作


頭の奥深くで響いた声に目を伏せる。私にそう言ったのは誰だったろうか。ハルモニアの一族の母と、どこからかやってきた父。私の生など、誰が祝福したのだろう。私はまさに失敗作≠セった。元老たちは侮蔑を称え、私を血の恥曝しだと常々口にしていた。思考をチリチリと焼いていく感情に眉をひそめる。それは遠い昔に葬ったはずだった。

混血の子供
血族の血を濃く引いた子供
失敗作の子供
成功作


失敗作が作った成功作なら、この子は化け物だ。完璧で不完全な生き物だ。
ただ、それでもこの子を愛した彼女は、今の私を見たら悲しむのだろうか。

小さく笑って、息子の顔を見る。
最近頻繁に城の外へ出ているらしい。何かいい玩具でも見つけたのか。この体の大きな赤子にして見れば、動くもの全てが玩具だろう。その玩具の一つでもなくしたのか。死という概念すら与えられなかったこの子は、意味も分からずに首を絞めている。それともやっと私を恨んだのか。やっと、人並みの感情を手に入れたのか。
なんて幸福なことだろう。
今すぐにでも彼女の住む世界に行って、知らせたい。私たちの子は、無事に人に生まれましたよ。と。さあ、早く私を葬り去れ。それが私がお前を子供と認める瞬間だ。

「……ねえ」
「何か」
「どうして、笑ってるの」
「……」
「なんで」
「貴方が知る必要はありませんよ、王」
「でも、そうだ、彼女は泣いてたんだ。あれは僕のせい?」
「泣くのは個人の問題です。涙を流すに至るまでの許容量や堆積した物への意識など、第三者にはわかりません」
「……」
「貴方は貴方のトモダチだけを思いやっていれば、良いのですよ」
「彼女は、どうして泣いてたのかな」

彼はひどく疲れ切った顔をした。首から指先が離れる。喉に異物感だけが取り残された。途端に肺腑に流れ込む大量の空気に、激しく咳き込む。彼はそんな私に見向きもしなかった。

「……出かけてくるよ」
「そうですか」

――どうやら彼は、まだ人には成れてないようだ。
去っていく背中から目をそらした。ドアが閉まり、空間が遮断される。途端に世界は閉塞した。

「まだだ……」

どうにもたくさんの時間を要するらしい。生まれながらに親子などという繋がりは死んだ。あの子の人生など、生まれながらに終わり、閉じてしまった代物だ。
私の世界はあの子が生を受けた日に死に絶えた。
生を忌み嫌われ嘆かれた私に対し、あの子は大いに祝福された。その代償なのだろうか。

それにあの子が口にする彼女≠ニは誰だろう。人間の友人でも本当にできたのか。だとしたら、最近城を出て行く姿にも納得がいく。だが、人間としてあまりに欠乏しているあの子に、果たして本当に他人は寄り付くのだろうか。
未だに異物感が残る喉元に触れた。城の外を、ポケモンの背に乗って飛んでいくNの背中が見えた。
――あの子以上に閉塞しているのは私なのかもしれない。

部屋の片隅にある写真がこちらに笑いかけている。そこに映る女性が、まるで語りかけるかのように微笑んでいた。


ねえ、貴方、私たちの子供よ。


いつかの彼女の言葉が蘇る。今でも鮮明に再生される光景に、頭に疼痛が走った。
伏せられた写真立てに映る、色褪せた彼女は困ったように笑っていた。






20101022
修正20110102
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