その日、一週間振りに私を訪れた彼は、ココアだけ飲んで去っていった。
その時点ですでに十時も過ぎていたので、一応泊まってはいかないのかと声はかけた。しかし彼は苦笑するばかりで、決して首を縦には振らなかった。……今さら遠慮することなどないのに。
いつも不意にふらりとやって来て、勝手に人のベッドで寝ているような彼が、何をそんなに気後れしているのか、私にはわからなかった。
去り際、どこか遠慮がちに私を見ていた彼の表情が頭の中で再生される。それに「またいつでもいらっしゃい」と返した私に、彼は「君はやっぱりお母さんみたいだ」と、心細そうに笑った。

「あの年頃の男の子って、なんだか難しいですね」

傍らにいるグラエナの背中を撫でながら苦笑する。時計を見ればいつの間にか十一時近くなっていた。早くお風呂に入って寝よう。






城の中がやたらと騒がしかった。もう時期日付が変わるというのに、ここまで落ち着きがないということは何かあったのだろうか。すれ違う団員の何名かがどこか切羽詰まったように僕に挨拶を投げかける。しかし実際に何があったのか、それを説明する余裕もない様子だった。問いかけるよりも早く、彼らはバタバタと走っていく。
――この組織は、僕を頂点と置きながら、実質はゲーチスが治めている。比重は僕より彼の方がずっと重いのだ。
ならばこの騒ぎはゲーチスに何かあったということだろうか。数日前から体調に不調をきたしていたようだった。それに今日彼は彼女と会ったらしい。おそらく体調不良のゲーチスが誰にも何も言わず、ふらりと消えてしまったことを騒いでいるのだろう。組織が形作られる前は、よくあったことだ。

そんなに狼狽えなくても、帰ってくるのに。

僕の居場所がここにしかないように、彼も外に居場所なんてない。ない、はずだ。不意に発露する小さな焦りに、手のひらを握り締める。
――僕と父さんは、どうせ外の世界でなんか生きていけない。
今までも、これからも、そうして生きてきたし、そうして生きていくのだ。そんな下らない共通点が、唯一家族である証なのだ。

歩く足の速度を速め、父がいるであろう部屋に向かう。ノックをし、特に返事を待たずに中に入る。案の定、彼はベッドに力無く横たわっていた。その傍らにはサザンドラもいる。サザンドラは小さく羽根を震わせた。ゲーチスがいつもより低い声で言葉を紡ぐ。そこには明確な拒絶の色が見えた。

「……N様ですか」
「団員たちが、騒いでいたよ。もう少し信用したらどうだい」
「咎めに来たなら後日でお願いします」
「この子も心配してる」

言いながらサザンドラの首を撫でる。ゲーチスは眉をひそめた。

「ちょうどいい、そこのサザンドラを別の部屋に連れて行ってください」
「何故」
「……少し、騒がしい」
「心配してるんだよ」
「体調が優れない原因を察していただきたい」
「……」

そう言い放った彼に、サザンドラが僕を見て『主の意向に従います』とボールに戻った。どこまでも主に対して忠誠心の高いポケモンだと思う。僅かに揺れているボールを手に取り、目を伏せた。彼は苦しげに深く息を吐き出す。よく見ればずいぶんと顔色が悪い。今回は煩い≠ニ感じるほど明確に聞こえるのだろう。血色の悪い唇が、不快感に耐えるように噛みしめられていた。
――でも、そうまでして、彼女と会った理由は何なのだろう。

「……イスズに会いに行ったんだろ」
「――!」
「どうして」

僅かに彼の肩が震える。
会いたかった≠ネんて、彼にそんな感情が素直に発露するとは思えない。裏がある。だって彼女を知っているのは僕だけのはずだった。しかし何故かゲーチスは彼女のことを調べていた。
もし、万が一にも、彼女に害が及ぶようなことがあるなら、僕は。

「良くできた方でしたよ」
「……!」
「あんな女≠ゥら生まれたとは思えないほど……ああ、しかし父親が良かったのかもしれませんね。どちらにしても可哀想な子だ」
「どういうこと」
「……」
「ゲーチス、貴方は」
「いずれわかる……」
「……」
「彼らも同じでしょう。彼女も例外ではない。……本当に、笑わせてくれる」
「……貴方は」
「……」
「貴方はいつも、嫌いなモノの話しかしないね」
「そうですか。ですが」


外の人間は皆、嘘吐きだ


「貴方の大好きなイスズ≠焉Aいつかは本当のことを話してくださればいいですね」

血色の悪い唇が綺麗な弧を描く。ゾッとするほど冷たい笑みだった。途端にどうしようもなく恐くなる。反論も何も言えず、まるで彼が口にする冷たい現実ばかりが本当のように思えて、恐かった。……小さな頃から、ずっとその感覚に怯えている。

僕は逃げるように彼の部屋を出た。






ダメだ。
またダメだった。
どこも雇ってくれない。
早く仕事を見つけないと。
もう、前の仕事をクビにされてから一ヶ月以上経ってしまう。
彼を誤魔化すのだって、もういい加減辛い。
仕事なんかしてないのに。
頑張ってと背中を押す彼に苦しくなる。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
私は嘘吐きです。
私はダメな人間です。
ごめんなさい。
仕事が見つからない。
いとこがかけてくる定期的な電話が怖い。
ごめんなさい。
今は貯えがあるから生活はかろうじて繋げているけど、あと二ヶ月が限界だ。
どうしよう。
どうしよう。
彼がまた今日も来るかもしれない。
どうしよう。
仕事に行ってるふりをしなきゃ。
ああ、お腹痛い。
情けない姿なんか見せたくない。
どうしよう。
お腹が痛い。
泣いてしまいそう。
薬を飲まなきゃ。
痛い。
痛い。
一人で泣いてると、いつも彼が来る。
ごめんなさい。
嘘吐きです。
私は嘘吐きです。
ごめんなさい。
だれか、たすけて、ください。







20101226
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