error
case.01:nobody



目が覚めると病室にいた。冷えた薬品の匂いが充満している。断続的に流れる電子音に、腹の底から薄ら寒い感情が込み上げた。視界を埋める蛍光灯の神経質な光が瞳孔を突き刺す。真っ白な壁に四面を囲まれた空間は、ただ沈黙を抱えて外界を拒絶していた。真っ白なシーツの上を、細く伸びた薄い影が動くのを視界に収める。それを眺めながらゆっくりと息を吐き出した。気道が軋むのを感じ、軽く咳をする。乾いた空気が喉に張り付く不快感につい顔を顰めた。
今日は何日だっただろうか。
ふと、雪のようにゆっくりと問が降ってくる。それは思考に触れては溶けて、小さなシミとして意識に残った。
途端に絶海に放り出されたような不安が発露する。延々と繰り返される音に、現実味が遠ざかる。何故こんなところにいるのだろう。何故ここには誰もいないのか。そもそも自分がここにいる理由を知らない。
軋む体を叱責し、上体を起こした。すると右腕に繋がる点滴のチューブが揺れる。無意識に傍らにあるナースコールへと手が伸びた。間を置いて、「どうしましたか」と愛想の良い声が響く。

「あの、僕は……」

――「僕」?
違う、「僕」はあの子だ。
「あの子」って誰だ?
なら「あたし」?
違う。違う。それも違う。
しっくりこない。
では「俺」だろうか。
「私」だろうか。

ダメだ。わからない。

ドクリと心臓が波打ち、頭の芯がぐらぐらと揺さぶられた。ナースコールを切る。心配するような声が受話器の向こう側から聞こえたが、気にならなかった。
わからない。その事実が、体の中心に空白を穿つ。言いようのない焦燥が思考を飲み込んだ。

「だれか……」

誰か。誰か。誰か。
呼吸が震える。怯える自身の体を抱き締めた。ベッドへ身を沈め、息をゆっくりと吐き出す。
ベッドの傍らの椅子に、ボイドキューブが置かれてあった。





20110606
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -