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いつもと同じ爽やかな朝。顔を洗って歯を磨いて制服に着替えて朝食を食べて家を出る。
空を見上げるとスズメが2匹、電線の上に止まって楽しそうにさえずっていた。片方のスズメがくちばしで器用に持っているのは枝だ。心なしか体が大きいスズメが、小さいスズメに向かってそれを差し出す。チュン、と短く鳴いた小さいスズメがそれを受け取ると、仲良く飛び立った。平和な朝の風景。
「ちょっと名前!手ぶらで学校行くの?」
「あ!ごめんっ」
そんな中、私の心は荒ぶっていた。
***
おはよう、と声をかけながら自分の席に座る。ふぅ、と息を吐いた。本日12月4日。冬というより秋のような、過ごしやすい気候だ。それなのに私の身体は固い。何をこんなに緊張してるんだ、しっかりしろ私!頬っぺたを軽く叩いて、喝を入れる。…力加減間違えた、痛い。
「朝から自虐的」
「っ、…お、はよ」
「おー」
寒がりな詐欺師は今日もマフラーをしてポケットに手を突っ込んでいた。いつもは遅刻ギリギリのくせに、なんで今日に限って早いのと毒づく。もうちょっと遅く来てほしかった。
一方、同じテニス部の丸井はまだいない。この時間にはもう席に座って騒いでるのに。丸井はいてほしかった。協力者が必要だったのに。
「12月4日か…」
仁王の口からこぼれた言葉に身体が揺れた。忙しなく動き出す心臓。思わずスカートを握る。皺になるとか考えられない。やばい、どうしよう、やばい。大事なことなので2回言いました。じゃなくて!
「に、にお!」
「おー?百面相の次はなんじゃ」
「今日は何日でしょうかっ」
「じゃけ、12月4日って言ったろ」
ちっがーう!何聞いてんだ私!心の中で叫んで、頭を抱えた。すごい勢いで心拍数が上昇する。私、今日死んじゃうかもしれない。
仁王が熱でもあるのかと聞いてくる。全力で首を横に振った。変なことを口走らないように言葉を考える。いつもみたいに言えばいいんだ、今日は天気がいいですね、みたいな世間話風に。今朝見かけたスズメのように爽やかに。平常心、平常心…あ、心なしか心臓も安定してきた気がする。よし!
「今日は海軍記念日なんだって!」
「…急にどうした?」
「でね、『E.T.』の上映日だったんだって。ほら、人差し指合わせたり自転車で空飛んだりする映画」
自分の人差し指を合わせて言う。何が何だか分からない詐欺師は、目を白黒させていた。貴重な表情だ。いつもの仕返しをしてるように感じて、ちょっと楽しくなる。
ふと思った。今なら、言えるかもしれない。このテンションで言い切ってやればいいんだ。仁王もワケが分からないだろうし。
「で、ね。それを記念して仁王にこれをあげるよ!」
思い切って、と言うか半ば投げやりに鞄から取り出した袋を仁王に投げた。反射的に受け取ったところを見ると、伊達に毎日ボールを追いかけてるだけある。仁王は袋を開けて、中から黄色い物…テニスボールを取り出した。だんだんと顔が火照ってくるのに気づいて、そっぽを向く。
視界の端で、仁王がにやりと笑うのを見た。
「記念して、ねぇ…素直におめでとうって言ったらどうじゃ?」
「! う、うるさいっ」
ものすごく簡単に気づかれた。てか、仁王の顔がムカつく。さっきまで変な表情だったくせに。何そのドヤ顔。
けど1番腹が立つのは、治まるどころか徐々に熱を持つ私の頬っぺただった。あっついんですけどっ!
おめでとうなんか言ってやんない
「お、ブンちゃん」
「おはよー。あ、仁王誕生日おめでとー」
「!! 丸井のあほ!」
「はぁ!?何だよそれ意味分かんねー!」
「ツンデレじゃよ」
「ちっ、違う!」
「へー…名字ってツンデレだったのかよぃ」
「違うって言ってんでしょーがっ。仁王も変なこと言い触らさないでよ!」
「プリッ」
今日1日、このネタでずっといじられたけど、仁王がいつも以上に笑顔だったから…まぁ、良しとしようと思う。…やっぱムカつく。
20111204