私の腕をぐいぐい引っ張る若の背中を追う。周りからは力任せに引っ張ってるように見えるかもしれないけど、腕をつかむその手はとてもやさしい。 何も言わず、黙々とベンチを目指す若。不思議に思って横がをチラッと覗いたら、桃色の頬っぺたが見えた。学校はもちろん、家でも滅多に見せない若の赤面。私のせいなんだ、と感じた瞬間、嬉しいな、なんて思ってしまう。 「絶対にここから動かないでください」 「ふふ、はーい」 「絶対ですよ」 「うん、分かった。ここから若のプレーだけ見てるよ」 「、ッ!」 私をベンチに座らせてから、念を押すように何度も絶対と言った若が何だか可愛くて。さっきの仕返しとばかりに、今度は私が若の手首をつかまえて、しっかり目を合わせながらやさしく言葉をつむいだ。少し恥ずかしかったけど、目の前の若はさっき以上に顔を真っ赤に染めていて。なんだかちょっとだけ、優越感に浸ってしまった。 「……分かったなら、いいです」 ぷいっと顔を反らして、尻すぼみになっていく若の言の葉。堪えきれなくて少し笑うと、いじけたようにムッとしてコートに走って行ってしまった。 私は飽きることなんてなくて、ずっと若のプレーを見続けた。最初は緊張してた様子だった若も、少し経てば慣れたようで動きがやわらかいものになっていった。若独特の構え、正確なリターン。テニスに詳しくない私でも、若の実力の高さをひしひしと感じる。 ボールを返す時に小さくこぼれる笑みは、テニスが好きだと言っていて。今度の休日に若にテニスを教えてもらおうかな、なんて頭の隅で考えたりした。 *** 「集合!」 「…あれ、もう終わり?」 気がつけば跡部くんが部員に集合を掛けていて、時計を見れば針は6の数字を差している。時間の過ぎる速さに驚いた。こんなにも熱心にスポーツを観たのは、久しぶりかもしれない。 跡部くんの凛とした声が「解散」と言ってすぐ、若は私の元に来てくれた。 「今からすぐに着替えて来ますから、待っていてください」 「急がなくていいからね」 言いながら頷いて待っていることを伝えると、一目散に部室に向かって行った。急がなくていい、って言ったのに…そんなに私が心配なのかしら。 *** それから暫くして若が来てくれて、跡部くん達に声をかけてから校門を出た。 ゆっくりと私の歩幅に合わせて歩いてくれる若に感謝していると若がポツリと「有難うございます」と呟いた。 「え?どうして?」 「…練習、見ていてくれて、有り難うございます」 やわらかく笑う若にきゅんとする。今日は滅多に見れない若の表情をたくさん見れて嬉しい反面、対応が難しくてちょっと困る。 「…学校でもそんな風に笑ってればいいのに」 「……そんなの、姉さんだけが知ってくれてたらいいです」 ごまかすように笑い交じりに答えたら、不機嫌そうな顔をしながら若が口を開いた。身体中の熱が顔に集中する。今日の若はなんて饒舌なんだろう。姉さん困っちゃうよ…。 「これ、あげます」 「飴?」 「姉さんに、今日のお礼です」 今度は照れながら笑うから、つられて私も同じ表情をして飴を受け取った。ポケットからもうひとつ飴を出した若が口に入れたのを見て、どうしようもない照れを隠すするように私も飴を放り込んだ。 ぺろり舐めたら苺の味がした (今日の若の味だ) 20111225 |